見出し画像

「モデルみたいでうらやましい」と言われ続けた私の半生


華奢な身体。
くびれたウエスト。
長い手指。
立ち上がれば、その背の高さ、手足の長さに目を見張る。


「スタイルいいね」


物心ついた頃から、私はそう言われ続けた。

幼い頃からクラスで一番背が高かった。
顔こそムチっとした子供の顔つきだったが、手足の成長が異様に早く、私の体型はクラスの誰よりも、そして2歳上の姉よりも大人びていた。

小学校に上がるときについた診断名は「マルファン症候群」。

5000人に1人の割合しかいない、遺伝子疾患でありながら、我が家は両親どちらもこの病気ではない、つまり突発的に生まれたマルファンの子供だった(孤発性マルファン症候群というらしい)。

マルファンというのは全身に影響を及ぼす病気で、身体中の結合組織が弱く、そのため視力が低い、心臓に不整脈などの症状がある、骨や血管や皮膚は脆く裂けたり欠けやすく、高身長で、筋肉も脂肪もつきにくい。

人によって症状の有無は様々だが、私の場合はそんな感じだ。

身体が疲れやすいな、スタミナが持たないな、と自覚したのは10歳前後だった。
私の主治医は体育も過度にドクターストップせず、「小学生の追いかけっこくらい、どうってことないでしょ」というタイプの人だった。

でも、明らかに不利なのだ。

昼休みの仲良しグループの鬼ごっこで、私が鬼になると誰も捕まらず、運動神経の良い子が業を煮やしてわざと捕まってくれるような状況だった。
私は身体が大きくて細身にも関わらず、肥満体型だったり、身体が小さな「運動神経の悪い子」の最底辺に属していた。

この病気のせいだ、とは思っていなかった。

むしろ、うまく動けない自分に腹が立っていた。強い身体でない自分に苛立った。これが病気のせいかどうかではなく、ただただ友達と公平に遊べないことが不快で、絶望にまみれて仕方なかった。

高学年になる頃、ドクターストップがかかる前に、私はみんなと遊ぶことを諦めた。

1人ぼっちでぽつんと教室にいると、ませた女子グループに「何で教室に残ってるの?仲間はずれ?」とからかわれた。

おかげで休み時間はあてもなく校内を彷徨ったり、図書室にこもったり、誰も居ない音楽室で好きでもないピアノを弾いて時間をつぶしていた。
時々窓の外を見ると、グラウンドでボール遊びをする友達が私に気付き、おーいと笑って手を振ってくれた。
笑って手を振り返すとき、私という病人と、友達という健常者の距離を見せつけられているようで、例えようもないほど虚しかった。

体育や運動会は本当に苦痛だった。

ほんと、何もすることがないのだ。

仕方がないのでタイムの記録係やコートの準備を買って出ていた。
単純に暇すぎるから、という理由だったが、先生からは「病人なのにみんなのために動いて、バル子はなんていい子なのかしら(うるうる)」と涙目で称賛された。

余談だが、私はすっかりひねくれてしまっていて、大人ってめっちゃ勘違いするな、この人達の価値観てよく分かんないな、と冷めた心で受け止めていた。
今思えば、健常者と病人の対比でしか感想を抱けない大人、私という人間を定性的に評価できない大人にうんざりしていたんだと思う。
私はただそこにいるだけで「マルファンという何だかよくわからない奇病に生まれ、健気に生きている子」だった。
そういう、両手を挙げた称賛の居心地の悪さを今風に表現するならば、「弱者に対する感動レイプ」だと思う。
そうではなくて、私の人間性や価値観にしっかり目を向けてほしかった。
(これは私だけでなく、障害を持っていたり、「母親なんだから」「お兄ちゃんなんだから」と言われてしまう人にも通じる欲求だと思う。)


運動会では赤組、白組のどちらかには割り振られるものの、私はびっくりするほど孤独だった。
100m走はもちろん、学年ごとの競技も、一致団結して綱引きをすることも叶わない。
応援合戦で声を張り上げる以外は、グラウンドの端の椅子にぽつんと座ってみんなを眺めるくらいしか、することがなかった。
勝った負けたでキャッキャッと盛り上がる周りを見る度に、まるで自分が透明人間になったような、すごくリアルな映画を1人ぼっちのシアターで眺めているような感覚に陥っていた。

親はというと、「何だかよくわからない謎の病気ですと言われたけれど、できれば認めたくない」といった雰囲気で、私の病気を過小評価していた。
身体がすぐにクタクタになってしまい、運動では成果が思うように出ないこと、疲れすぎると涙が出ること、クラスメイトにからかわれたり、ひどいときはバイ菌扱いを受けたり、体育で役立たずと言われることを話しても、「大したことない、そのくらい大丈夫だ、悔しいなら勉強で見返してやれ!」と叱咤されて終わった。

確かに勉強だけはできた(というか、暇だったから勉強しかすることがなかった)ので、100点を取ることは容易だったけれど、いやいやそうじゃねえし、他の教科が1番だから帳消しとかじゃなくて、運動できないことで同級生と対等でいられないことが悲しいって言ってんの。
と今では思うけど、子供だった私にそんなことが言えるはずもなく、どこか鬱屈した気持ちを抱え続けていた。

親が周りに私の病気のことを伝えなかったおかげで、周りは私のことを「運動はあまりできないらしいけど、でもすごくスタイルが良くていいじゃない、モデルさんみたいよ」と口々に褒めていった。

小学校6年生のとき、私の身長は160cmをゆうに越えていた。

思春期に向かう私を、周りは「すらりとしたモデル体型」「何でも似合う」「うらやましい」とほめてくれた。きっと彼らなりの慰めのつもりだったんだろう。

うらやましい、いいな、隣歩かないでと冗談まじりに言われたこともある。

中学、高校ともなると、その目線が急に増えるのを感じた。
「自意識過剰だ」「気にしすぎ」とこれを読んでいる人は思うかもしれないが、友達や家族と連れ立って歩けばすぐ分かる。
私への視線が、明らかに違うのだ。

若い女性の目線は私の頭からつま先までを何往復もし、おばさんはじろじろと舐め回すように、男性は決まって腰から下をジーッと見つめ、時にニヤリと笑うか、すれ違いざまに振り返ってまで確認してくる。

老若男女問わず浴びる、それはどこか「私への性的な評価」を感じる目つきだった。

見ず知らずの人に「見て!あの人、スタイル良すぎ」「足ながっ」と言われたことはもう、数え切れない。
高校生くらいになると、その声は謎の批判に変わり、通りすがりに「は?ガイコツじゃん」「細すぎ」「つか、胸なくね?」「スタイルいいからって調子乗ってる」「ブスじゃん」と言われた。
急に近寄ってくる人、身体を触ろうとする人、実際に触ってくる人、思い出すのもおぞましいので詳細は伏せるが、これも数え切れない。

大学に入ると、その視線や声はより一層目立つようになった。

高校からの友達、A子が惚れた先輩は「好みのタイプは大人っぽくてスタイルがいい子、A子よりはバル子」というので、A子の一方的な嫉妬で縁が切れ、二人はその後付き合い、2年後に別れたと聞いた。

周囲がこんな調子では、「見た目にしか注目していない他人」と距離を置いていくのが最適解だった。

やさぐれた私は「そんなにこの身体が見たいか」とガールズバーでバイトをしてみたり、半脱ぎまでOKの撮影会のモデルをし始めた。
誰かと仲良くなれば、すぐに性的に消費されてしまう。
彼氏ができても、隣を歩けば彼が周囲の私への視線に気づく。
「こんなスタイルのいい女をゲットした俺」とピノキオみたいに鼻高々になっているのが気持ち悪くて、どこか本気で好きになれないのを誤魔化していた。
「モテ自慢かよ」と思うかもしれないけれど、幼い頃から周りからジロジロ見られてきた私からすれば、モテるなんていうのは私の心をより一層すり減らす状態だった。
そうして周りと距離を置く代わりに、私は散々浴びた下卑た視線を金に替えた。

これはこれでしたたかな生き方かもしれないけど、なんか違うな、と思い始めたころ、大人になった私はいよいよ心臓の負荷が上がり、薬を飲むことになった。

この先一生薬を飲まなくてはならない、という事実はとてもショックだったけれど、同時に「私は何者なのか」を強く引き戻した。


私は「モデルみたい」でも「マルファン」でもあり、生まれてからずっと沢山の絶望や羞恥に晒され、悲しみや孤独や虚無感を知っていて、希望を諦めたことがあって、誰にもどうしようもない事実と向き合い続けている。


やるじゃん、私。


そう思えるようになったのは、本当にここ数年のことだ。


もしかしたらこれを読んでいる人の中に、「あの人スタイルいいな〜」と目で追ってしまったことがある人もいるかもしれない。

それは何もおかしな行動じゃないし、私も全身スパンコールの人やオウムを肩に乗せた人がいたら、間違いなく見てしまうと思う。

ただ、もし細くて背が高くて手足が長い人を見かけたら、物珍しく見てしまう前に、ほんのちょっとだけマルファン症候群のことを思い出してほしい。

その人はもしかしたら、数ヶ月に一度、病院に行かなくてはならないかもしれない。

疲れやすくて困っているかもしれない。

将来、子供が同じ病気を持って生まれる確率が高くて、本能である妊娠出産を、人間として当たり前に持っていていい欲求を、当たり前に選択できない人かもしれない。

好きな人の「あなたとの子供がほしい」という気持ちを、叶えるのを躊躇する人かもしれない。

子供を望む異性とは、付き合いすら積極的に考えられない人かもしれない。

「スタイルいいな、うらやましい」と言われたとき、「だったら代わってくれよ、こんな身体より健康な身体のほうがいいよ」と傷つく人かもしれないな、と。



この文章を読んで、「アンタ卑屈だな!他人が褒めてるんだから、素直に喜べばいいだろ」と思った人もいると思う。

そういう人には是非一度、海パンやビキニで町に放り出された自分を想像してみてほしい。

米津玄師さんもマルファンであることを公言しているが、自分の体型を隠すためにダボダボの服を好んで着ていたそうだ。

自分が望んだわけではないのに人からジロジロ見られてしまう、というのは、果たして本当に受け入れるべきなんだろうか。

私はNOだと思う。

よろしければサポートお願いします!クールでクレバーでファンキーな肉バルの妖精があなたにドッジボール最後まで残るおまじないをかけます!ありがとうございます!