ユグドライズ -YGGDLYZE-
「この場所は、どうだ」
二人が樹楷都市を出発してから、三日目の朝。
先を歩く〈防人〉のカムザが、そう言って歩みを止めた。
「そうね……」
後ろにいた〈巫女〉のエンジュが、周囲を見渡す。
森。周囲には、樹々が檻のように生えている。そのため、全体的に薄暗い。しかし、一角には、陽の光が地面を照らす場所があった。
「悪くないわ」エンジュが頷く。「光合成に充分な光量は確保できてるし、水場も近い。ここにしましょう」
エンジュは、灰白の巫女装束を脱ぎ始める。するりと、乙女の若草色の柔肌が、外気に晒された。
「……あの、あんまり見られると恥ずかしいのだけれど」
冗談めかして、豊かな胸を隠す。
カムザは後ろを向いた。
一糸纏わぬ姿になると、袋から、胡桃ほどの大きさの種子を取り出す。花冠七家より託された、〈宿り木の種〉だ。口に入れ、瓶に入った水で流し込んだ。
「――がっ」
変化は、すぐに訪れた。
肉体が軋む音。エンジュは、自身の身体を抱きしめる。
巫女の脚は根となり、地面へ絡みつく。
しなやか腕は枝となり、天へと延びる。
腰は幹に。そして、濃緑色の豊かな髪は、葉となり――。
数刻の後、彼女は一本の若木へと姿を変えていた。
「安定したわ……」
エンジュが言う。木に変化した彼女は、上半身だけを残して、樹木に埋まっているようにも見える。
「仔実の収穫まで、どれくらい掛かる?」カムザが尋ねる。
「この分だと、二日ってところね……」
「そうか」
樹化に力を使ったのだろう。エンジュの声には覇気がない。カムザは、背中から維管束を伸ばすと、彼女の口許へ差し出す。
「あら、ありがとう……」
エンジュは、伸ばされた管を口に含んだ。
†
太陽が高くなる頃、周囲を警戒していたカムザが、エンジュに声をかける。
「来るぞ」
二人の耳に届く、不快な音。おおよそ自然界では鳴ることのないノイズ。極めて不自然的な駆動音。樹々が削られ、倒れる音。
「――〈自立伐採機械〉だ」
【続く】