クラゲを海へ捨てに往く
満月の夜。
俺は、足場の悪い山道を、六〇キロの袋を担いで歩いていた。事前に掘っておいた穴に到着する。穴の横に袋を降ろすと、鈍い音が響いた。
袋のファスナーを開ける。
ヘッドライトが死体を照らし出した。
若い男。
茶髪に、軽薄そうな顔つき。その右半分は、口径の大きな銃で撃たれたらしく、無くなってしまっていた。
この男が殺された理由――それは、俺の仕事には関係がない。俺はただ埋めるだけだ。
手袋をした手で、死体を担ぎ上げようとした。
その時。
男の残された左目がかっと見開き、俺を見据えた。
†
午前二時。
ステアリングを握る俺の隣。助手席に、死体が座っていた。
死体は、海月と名乗った。
そう――死体が、名乗ったのだ。
脈は無い。呼吸もしていない。何より顔が半分無い。にもかかわらず、動いて、喋るのである。
悪い夢を見ている気分だった。
「なんで海に行きたいんだ?」
俺は尋ねる。海月の要求だった。山に埋めるな、東京湾に沈めろ。従わないと呪うと脅してきた。
「産まれも育ちも海無し県だったから」海月が笑う。「死ぬまでに一度くらいは生の海を見ておきたくて」
もう死んでるだろう、とは言わなかった。
サイレンの音。
バックミラーに映る、回転灯を光らせる警察車両。
停車を促す拡声器の声。
舌打ち。最悪だ。
車を路肩に停める。
急いで助手席のダッシュボードを開けた。中のタオルを海月に渡す。
「火葬場に連れて行かれたくないなら、話を合わせろよ」
海月は頷き、無くなった顔面をタオルで隠した。
考えろ――。どう切り抜ける。
運転席の窓を開ける。若い警官が、俺に対して会釈をした。
「すみません――」
銃声。
頭を吹き飛ばされた警官の身体が、道路に崩れ落ちた。
「……は?」
思わず、間抜けな声が出る。
猟銃を持った老人が、ぬっと現れ、車の中を覗き込んできた。
「駄目だよぉ、お兄ちゃん」老人が笑った。「そんなものを、山から出しちゃ」
銃口が、俺の方へ向けられた。
アクセルを踏み込む。
【続く】
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