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「ポテサラくらい自分で作れ」と「ゴミ捨ては僕がやっている」~ 家事に対する男性の視野の狭さ

先日、ポテサラ論争として下記のつぶやきが盛り上がっていました

これを聞いて頭に浮かんだのが「ゴミ捨ては僕がやっている」だった

共通点は、家事に対する男性の視野の狭さだと思う

黒川伊保子氏の著書「妻語を学ぶ」の中で「これするの、大変なんだからね」があり、その中で「男性の3倍の家事を自然とこなせる女性脳」とありました。

「ゴミ捨て」ひとつだって、
①分別の仕組みを理解
②ゴミ袋のストック
③収集曜日の把握
④捨てるものを洗って干したりラベル取ったり
⑤分別
⑥不快なゴミが外から見えないか確認
⑦袋が破れていないかチェック
⑧次のゴミ袋の準備
⑨捨てる
の少なくとも9工程を経ているのだ。
最後の「捨てる」を担当したぐらいで、「ゴミ捨ては僕がやっている」というのは、ちょっとおこがましい

男性は最後の部分しか担っていないケースが多いのではないかなと思います
私も担えているのは半分以下な気がします

「ポテトサラダ」一つとっても、分解するといくつもの工程に分けられそうです

・当日の献立
・前後の日程の献立(給食、弁当含む)を確認、チェック
・予算(当日、週、月)
・帰宅後の家事の順番、子供の世話の段取り
・料理を作る(段取りあれこれ)
・後片付け

私だとこの程度が限界ですが、この倍くらいは、思考・作業の工程がありそうです。

ちょうど今日(2020/07/31)はこんなニュースも

>白書は「男性の参画が必要だ」と指摘した。

とありましたが、単純な参画を促してもおそらく十分ではなく、
女性目線での家事育児を理解して男性が役割を担うということが必要なのではないかと思います。


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