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DNA Typewriter: 細胞内で多数のイベント時系列をDNAに記録する

細胞内で起こっている出来事を自由に記録する。

そんな夢のような技術があったら、生物学で今解かれていない様々な謎を解くことができるだろう。RNAseqや質量分析により、細胞の分子プロファイルのスナップショットについては詳しい分子プロファイルが得られる。イメージング技術によって、少数の分子については生きた細胞内での挙動を知ることができる。しかし、細胞を傷つけることなくその多次元の状態を記録することは困難であった。

最近この状況を変えるポテンシャルがあると考えられているシステムがDNAイベントレコーディングという技術で、今回紹介する論文もその一種である。

Choi, Junhong, et al. "A time-resolved, multi-symbol molecular recorder via sequential genome editing." Nature (2022): 1-10.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04922-8

今回の論文で新たに開発された技術であるDNA Typewriterは、長時間にわたって細胞内の多数のイベントシークエンスをDNAに記録できる点に新規性がある。また、この技術が文字列情報の記録や細胞系譜の構築に応用可能であることを示している。

DNAイベントレコーディングとは、細胞内外で起こるイベントをDNAに自律的に記録するシステムをさす。DNAイベントレコーダーはDNAを情報の記録媒体として使用するメモリー技術、細胞内外で起こる出来事を捉えるセンサー技術、センサーが捉えた情報をDNAメモリーに反映するライター技術、DNAに記録された情報からどのようなイベントがどのような時系列で起きたかを再構築するリーダー技術からなる。

出典:DOI: 10.1126/science.abo3471

今回の研究では特にメモリーとライターを総称してDNA Typewriterと呼んでおり、センサーやリーダーは場合によって使い分けることが想定されていると考えられる。

図1では、DNA Typewriterがどのようなシステムで時系列情報のゲノム編集による記録を可能にしているかが示されている。情報が書き込まれるメモリー技術であるDNAテープはCRISPR-Cas9のターゲットとなるタンデムリピートから構成されており、先頭を除くすべてのリピートの先端部分の配列が切り取られているため、不活性になっている。先頭のリピート部分がゲノム編集されると、RNA特異的配列の他に次のリピートが活性化されるために必要な配列が挿入される。これがその下流の配列にも繰り返されるため、ドミノ倒しのように連続的にゲノム編集を行う事ができる(図1a)。ライター技術としては、多種の情報を書き込み可能なCRISPR prime editor (PE)が用いられている(図1b)。このゲノム編集技術では、不活性化されたCas9と逆転写酵素が結合されたPEと挿入のための合成配列をエンコードするPE guide RNA (pegRNA)がターゲット配列に結合する。ここで内在性のDNA修復機構をハイジャックしつつ、PEは逆転写酵素を用いてターゲット配列にpegRNA内の合成配列を挿入する。特定のイベント特異的に各pegRNAを発現させればそのイベントの発生を記録でき、常発現させれば細胞を系譜特異的にラベルするマーカーとして系譜トレーシングなどに使うことができる(図1c)。ゲノム編集効率が20%以下と低く、挿入する配列によって効率に偏りがあるなどのlimitationがあるものの、編集ができた配列をシークエンスしてみるとイベント順序と矛盾の無いゲノム編集が大半を占めたことから、ツールの正確な動作が担保された(図1d-g)。

出典:論文図1
出典:論文図1

図2では、実際に複雑な時系列情報を記録することができることを確認している。16回に分けてpegRNAを細胞に導入した際に、5つのレコード部位を持つDNAテープを用いた場合の、各部位に見られる各イベントに対応する挿入配列の割合のグラフを見てみると、確かに早い時期に導入したものは最初の部位によくみられるが、後の方(11番目と16番目)の導入をこの情報だけから区別するのは困難そうであることも分かる(図2a,b)。また、異なる割合のpegRNAを細胞に導入することによって予測されるゲノム編集の頻度と観測される頻度に強い相関があり、相対的なシグナルの強さというアナログな情報もDNAテープにレコードされた情報から推測することができうることが示されている(図2h)。

出典:論文図2
出典:論文図2

図3では、DNA Typewriterの最初のデモとして、文章をpegRNAの割合と順序の情報としてエンコードし、細胞に導入した際に、DNAテープから元の文章の情報をデコードできるかを検証している(図3a,b)。同じテープの1番目と2番目のレコード部位にどの挿入配列のペアが出現しやすいかという遷移マトリックスからどのpegRNAが同時に導入されたかが推定され、その同時に導入されたグループ中で正規化されたリードカウントからpegRNAの割合が推定され、最終的なメッセージが復元される。残念ながら正しく文章を復元することはできなかったものの、もとの文章に近い文章を復元していることが示されている(図3c-e)。
(例えば、”BOUND FOREVER, DNA”が”BOUND FOREVE,R DNA”になるなど。)

出典:論文図3
出典:論文図3

図4、5では、一つの細胞が分裂していく細胞系譜をDNA TypewriterとシングルセルRNAシークエンスを用いて再構成するというデモを行っている(図4a)。ゲノム編集を開始して25日後に、13のDNAテープの59レコード部位で、DNA Typewriterにより1つの細胞に平均39.4個の編集が入り、その分布がポアソン分布に近いことが分かった(図4d)。さらに、3257細胞において細胞ペアの編集の組み合わせの違いが全体で平均41.9個、それぞれの細胞に最も近いペアで平均22.2個となり、ほとんどの細胞が特異的な編集パターンを持つことから系譜の再構築が可能であることが示唆された(図4e,f)。

出典:論文図4
出典:論文図4
出典:論文図4

系統樹を推定する手法であるUPGMAを用いて実際に細胞系譜を再構築することができ、ブートストラップ法を用いてある程度頑健であることが示されている(図5)。編集の時系列情報を情報学的に再構築せずとも分子レベルで保持できるというDNA Typewriterの強みが、従来手法よりも正確な系譜再構築を可能にしていると主張されている。

出典:論文図5

今回のDNA Typewriterは、pegRNAさえ変えれば一つのDNAテープで様々なイベントシークエンスの時系列を記録できる点が画期的で、現段階でのDNAイベントレコーディング技術の最終形態という印象を受け、とてもわくわくした。今回のデモではpegRNAを直接的に導入したり、恒常的に発現させたりしかしていないが、技術的には生物学的なシグナル(NF-κBやWntシグナル)のレコーディングも可能で、今後も様々な細胞内外の状態の記録へ応用できることが想定される。ただ、PEの性質から現段階では数日から数週間のオーダーの時間スケールのイベントの記録に適しているということで、この時間スケールをどのように数分や数時間のオーダーに縮めるかが、応用範囲を広げていく上での1つの技術的課題のように感じた。

また、同時期に出版された以下の論文では、DNAイベントレコーディングを用いて遺伝子発現の時系列を転写物を逆転写してDNAに組み込むことで直接記録する技術、Retro-Cascorderが載っている。こちらも夢がある技術であり、かつCRISPR Cas1-Cas2レトロンという異なる構成要素を用いており、生物学的にも面白い。

Bhattarai-Kline, Santi, et al. "Recording gene expression order in DNA by CRISPR addition of retron barcodes." Nature (2022): 1-9.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04994-6

参考文献

DOI: 10.1126/science.abo3471
https://doi.org/10.1038/s41576-018-0052-8

細胞内で起こっている出来事を自由に記録する技術「DNA TYPEWRITER」を紹介。細胞内の多数のイベントシークエンスをDNAに記録できる点に新規性がある。文字列情報の記録や細胞系譜の構築に応用可能であると示されている。

ELYZA DIGESTを用いて要約
サムネイル画像の出典:https://doi.org/10.1038/s41586-022-04922-8