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神経科学と情報科学の境界領域で研究  趣味: 生命科学

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  • 生命科学系

    生命科学に関するトピックを扱った記事まとめ。

  • 情報で捉える生物学入門

    普通とは異なる観点から生物学を学んでみたい、または学びなおしてみたいという方に向けた、情報という切り口からの生物学入門記事。月一で更新。

  • 論文紹介

    神経科学、情報科学、分子生物学関連の原著論文紹介。月一で更新。

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    研究や神経科学についてまとめた総説風の記事集。

  • 生物クイズ

    生物をつまらない暗記科目だと思っている人のための、生物を題材にしたパズルのようなクイズ集。月一で更新。

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生命の謎

生命の階層性、分子から行動へのつながり、個体差、そして生命とは何か? 生物学は様々なことを明らかにしてきたが、まだまだ生物には分からないことだらけで、人類の存続している期間では明らかにできないことも多々あるだろう。 数学が簡単だとは全く思わないが、そもそも人類が作り出した学問で、厳密に議論できる理論体系が出来上がっている。一方で、生物はもともとなぜか存在している(できている)もので、曖昧ゆえに科学的に検証できないことがある。すごく身近なことでも、謎にあふれているという点で

    • シナプスとパレート則:80%の情報を運ぶ20%のシナプス

      シナプス:脳の情報処理の基本単位 シナプスは私たちの脳に存在する神経細胞同士のつなぎ目であり、シナプスを介したネットワークにより脳の情報処理が行われる。その意味で、シナプスは私たちの情報処理の基本単位といえよう。 AIのディープラーニングではニューロン間の結合の重みは、学習後理論上任意の値をとることが出来る。脳では、古典的にはシナプスが存在するかどうかで結合の有無が語られることが多かったが、実際にはシナプスにも結合強度が存在することが、シナプス前細胞とシナプス後細胞の神

      • 情報で捉える生物学入門#7 【免疫・神経】

        情報の重要な側面としてその保持があげられる。僕たちは、何百年と残っている建物を見ると、そこに価値を感じる。嵐や戦争などを潜り抜けて現代まで残存していることを暗示しており、希少性が高いためであろう。生物も様々な環境刺激・または内部要因によりそれを構成する物質は日々入れ替わっていることが知られている。そんな中で、僕らの体内ではどれほど長く情報を保持することができるのだろうか? 答えは一生である。1つ目の例は、一度かかると二度とかからない感染症があるという免疫現象で、これは病原体

        • 魚の縞々を見て思ったこと

          静の中に動を感じる。水族館にはそんな波であふれている。波といっても水面にできる波ではない。生物にできる波である。 エイのヒレの波波 一つは、サムネイル画像にあるエイの大きなヒレで、まるで波が伝わっていくように見える。エイはヒレの筋肉を交互に収縮・弛緩させることで、先端から尾に向かって波が伝わるような動きを生み、水中での推進力を生み出しているようだ。 熱帯魚の模様の波波 2つ目は、魚の模様である。魚の縞々模様は美しいが、どうやってできているのだろうか? 1995年に熱

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          ノーベル生理学・医学賞2024:マイクロRNA配列・時間的発現の進化的保存

          2024年ノーベル生理学・医学賞は「マイクロRNAとその転写後調節の役割の発見」に対してであり、Victor Ambros博士とGary Ruvkun博士が受賞した。本記事ではその解説を行うが、2024年ノーベル物理学賞・化学賞とのつながりは以下の記事に記した。 マイクロRNA(microRNA) 生物学におけるセントラルドグマは、ゲノム情報がDNAからメッセンジャーRNAに転写され、それがタンパク質に翻訳されることで機能することを示している。必要な場所で必要な時にタンパ

          ノーベル生理学・医学賞2024:マイクロRNA配列・時間的発現の進化的保存

          ノーベル賞2024自然科学部門の橋渡し

          2024年ノーベル物理学賞は「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的な発見と発明」に対してJohn Hopfield博士とGeoffrey Hinton博士に、ノーベル化学賞は「コンピューターによるタンパク質設計手法の開発とタンパク質構造予測プログラムの開発」に対してDavid Baker博士、Demis Hassabis博士、John M. Jumper博士に、ノーベル生理学・医学賞は「miRNAと転写後の遺伝子発現の調節におけるその役割の発見」に対して

          ノーベル賞2024自然科学部門の橋渡し

          脳基盤モデルの構築に向けて

          ディープニューラルネットワークは、入力を出力に変換する非線形の関数である。 つまり、やっていることは基本的に$${y=f(x)}$$の計算。これだけだ。この$${f}$$がものすごく複雑なだけなのだ。 脳も生物学的なニューラルネットワークであるならば、やっていることは$${y=f(x)}$$を計算しているだけのはずである。 脳の理解の仕方は多様だが、ここでは脳をブラックボックスと捉え、脳と同じ振る舞いをするモデルの構築を通して理解することを考える。つまり、入力を与えた際に脳

          脳基盤モデルの構築に向けて

          情報で捉える生物学入門#6 【発生生物学】

          ゲノムには生物を構成する情報がすべて含まれている。 これは大雑把に言ってしまえば正しい。ゲノムは生体内で働くタンパク質の情報をすべて保有しており、遺伝子の発現制御に必要な情報もゲノムに含まれているからだ。 しかし、もう少し厳密に考えてみると、これは誤りである。今目の前にゲノム情報、またはそれを物理的に具現化したDNAがあったとしても、そこから生物個体ができることは決してない。DNAからタンパク質を人工的に翻訳し、生物で知られている濃度で混ぜ合わせても生物はできない。それど

          情報で捉える生物学入門#6 【発生生物学】

          巨人の肩の上:大規模言語モデルとのつながり

          研究は先人たちの研究の積み重ねの上にある。研究は既存の研究により構築された学問体系に、新しい知見を付け加え、人類の知の境界線を広げていく営みである。冒頭で引用した“巨人の肩の上に立つ”というフレーズは、このような意味で使われ、フランスの哲学者シャルトルのベルナールが用いたものをアイザック・ニュートンが広めたとされている。 しかし、現代では(ヒトの認知的な限界に照らし合わせると)無数ともいえる研究論文が出版されている。例えば、マウスの神経科学の文献を網羅的に知りたいと考え、論

          巨人の肩の上:大規模言語モデルとのつながり

          Continual backpropagation:AIは刻一刻と変化する世界で学び続けられるのか?

          2020年、世界はコロナウイルスによるパンデミックに襲われた。約1年の期間、多くの人が自宅から必要最低限な外出しかできなかった。この生活への影響は甚大であったが、一方で、このパンデミックは、環境が生まれ育ったものから大きく変化してもその環境に行動を順応し、生活を継続していくというヒトの柔軟性の高さを浮き彫りにする機会でもあった。 AIは言語処理、生物学、ゲーム、ロボットなど、様々な分野で成功した。これらの成功の技術的カギはディープラーニングであり、ニューロン間の重みの学習則

          Continual backpropagation:AIは刻一刻と変化する世界で学び続けられるのか?

          エピジェネティクス:生物の柔軟性と複雑性を支える機構

          エピジェネティクス(Epigenetics)とは、DNAの塩基配列そのものには変化がないものの、細胞分裂後も継承される遺伝子発現の変化を指す。この遺伝的変化は、DNAのメチル化、ヒストン修飾などによって引き起こされる。エピジェネティックな変化の面白いポイントは、次世代に受け継がれることがあるという点である。つまり、親のライフスタイルや環境が子孫に影響を与える可能性がある。 エピジェネティクスのメタ情報的側面 エピジェネティクスは、双方向性と分散性を兼ね備えたメタ情報の分散

          エピジェネティクス:生物の柔軟性と複雑性を支える機構

          機械学習とヒトの学習

          機械学習の3タイプ 機械学習は、多量のデータを用いてコンピューターに特徴量を学習させ、それを基に予測や判断を行う技術で、大きく分けて「教師なし学習」、「教師あり学習」、「強化学習」の3つの分野がある。 教師なし学習 教師なし学習は、ラベル付けされた出力データがない状態でモデルを訓練する方法である。モデルはデータの構造やパターンを自動で見つけ出せるようにする。 ヒトも幼児期に物心つく前から、世界には動かない非生物と、動く生物が存在し、その中には自身に話しかけてくるヒトも

          機械学習とヒトの学習

          情報で捉える生物学入門#5 【細胞生物学】

          今回は生命の最小の構成単位である、細胞について深堀していく。細胞はリン脂質2重層からなる細胞膜によって環境から仕切られている。これによって、細胞内の化学反応(代謝ネットワーク)を外界から隔離し、生きている状態を維持することができる。さらに、細胞は細胞からしか生じず、細胞の視点から見れば、生物の遺伝も生殖も発生も、細胞が分裂したり融合したりを繰り返しているだけである。 細胞のこれらの特性は、情報の運び屋としての生命と密接に関連している。情報は制限なく混ざることを許してしまうと

          情報で捉える生物学入門#5 【細胞生物学】

          AIサイエンティストと科学研究の未来

          AIが科学研究を担う新たな時代の幕開け 2024年夏にSakana AIと共同研究グループは、以下の論文とブログ記事を発表した。 それは、研究でやりたいことをざっくり伝えるだけで、”AIサイエンティスト”が研究アイデアの創出、計算機実験の実行、結果の要約、論文の執筆、査読という研究のサイクル全体を自律的に遂行するという内容で、特に研究者に大きな反響があった。 今回のデモンストレーションでは、拡散モデルやトランスフォーマーなどの機械学習の分野で、トップ会議に採択されるレ

          AIサイエンティストと科学研究の未来

          皮質カノニカルサーキットのシミュレーション

          脳はどのように理解できるか? これは明らかに答えのない問いであり、ヒトによってさまざまな回答がありうる。多くの計算論的神経科学の分野の研究者にとって、脳活動のシミュレーションを行い、神経活動の予測を行うことは理解の一形態であろう。 ホジキンとハクスレイは、(当時実体が明らかになっていなかった)イオンチャネルを考慮に入れて微分方程式を用いた膜電位の時間変化の詳細なモデリングを行い、単細胞の神経活動シミュレーションを行った。しかし、ヒトには1000億個のオーダーの神経細胞が存

          皮質カノニカルサーキットのシミュレーション

          進化は脳の形態そのものではなく発生の設計図に対して起こる

          ヒトの神経細胞の数はおよそ860億個で、神経細胞間のつながりであるシナプスはその1000~10000倍存在する。よって、30億塩基対のヒトゲノムに神経回路の設計図をエンコードするのは不可能である。 また、われわれの神経回路は可塑性を通じて一生を通じて変化し続ける。ここからも、進化により神経回路そのものを規定するのはナンセンスであることがわかる。 遺伝子変異と脳への影響 ヒトには2万以上の遺伝子が存在するが、そのうち70%~80%は脳で機能するとされている。選択的スプライ

          進化は脳の形態そのものではなく発生の設計図に対して起こる