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神経科学と情報科学の境界領域で研究  趣味: 生命科学

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  • 生命科学系

    生命科学に関するトピックを扱った記事まとめ。

  • 論文紹介

    神経科学、情報科学、分子生物学関連の原著論文紹介。月一で更新。

  • まとめ系

    研究や神経科学についてまとめた総説風の記事集。

  • 情報で捉える生物学入門

    普通とは異なる観点から生物学を学んでみたい、または学びなおしてみたいという方に向けた、情報という切り口からの生物学入門記事。月一で更新。

  • 生物クイズ

    生物をつまらない暗記科目だと思っている人のための、生物を題材にしたパズルのようなクイズ集。月一で更新。

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生命の謎

生命の階層性、分子から行動へのつながり、個体差、そして生命とは何か? 生物学は様々なことを明らかにしてきたが、まだまだ生物には分からないことだらけで、人類の存続している期間では明らかにできないことも多々あるだろう。 数学が簡単だとは全く思わないが、そもそも人類が作り出した学問で、厳密に議論できる理論体系が出来上がっている。一方で、生物はもともとなぜか存在している(できている)もので、曖昧ゆえに科学的に検証できないことがある。すごく身近なことでも、謎にあふれているという点で

    • Continual backpropagation:AIは刻一刻と変化する世界で学び続けられるのか?

      2020年、世界はコロナウイルスによるパンデミックに襲われた。約1年の期間、多くの人が自宅から必要最低限な外出しかできなかった。この生活への影響は甚大であったが、一方で、このパンデミックは、環境が生まれ育ったものから大きく変化してもその環境に行動を順応し、生活を継続していくというヒトの柔軟性の高さを浮き彫りにする機会でもあった。 AIは言語処理、生物学、ゲーム、ロボットなど、様々な分野で成功した。これらの成功の技術的カギはディープラーニングであり、ニューロン間の重みの学習則

      • エピジェネティクス:生物の柔軟性と複雑性を支える機構

        エピジェネティクス(Epigenetics)とは、DNAの塩基配列そのものには変化がないものの、細胞分裂後も継承される遺伝子発現の変化を指す。この遺伝的変化は、DNAのメチル化、ヒストン修飾などによって引き起こされる。エピジェネティックな変化の面白いポイントは、次世代に受け継がれることがあるという点である。つまり、親のライフスタイルや環境が子孫に影響を与える可能性がある。 エピジェネティクスのメタ情報的側面 エピジェネティクスは、双方向性と分散性を兼ね備えたメタ情報の分散

        • 機械学習とヒトの学習

          機械学習の3タイプ 機械学習は、多量のデータを用いてコンピューターに特徴量を学習させ、それを基に予測や判断を行う技術で、大きく分けて「教師なし学習」、「教師あり学習」、「強化学習」の3つの分野がある。 教師なし学習 教師なし学習は、ラベル付けされた出力データがない状態でモデルを訓練する方法である。モデルはデータの構造やパターンを自動で見つけ出せるようにする。 ヒトも幼児期に物心つく前から、世界には動かない非生物と、動く生物が存在し、その中には自身に話しかけてくるヒトも

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        記事

          情報で捉える生物学入門#5 【細胞生物学】

          今回は生命の最小の構成単位である、細胞について深堀していく。細胞はリン脂質2重層からなる細胞膜によって環境から仕切られている。これによって、細胞内の化学反応(代謝ネットワーク)を外界から隔離し、生きている状態を維持することができる。さらに、細胞は細胞からしか生じず、細胞の視点から見れば、生物の遺伝も生殖も発生も、細胞が分裂したり融合したりを繰り返しているだけである。 細胞のこれらの特性は、情報の運び屋としての生命と密接に関連している。情報は制限なく混ざることを許してしまうと

          情報で捉える生物学入門#5 【細胞生物学】

          AIサイエンティストと科学研究の未来

          AIが科学研究を担う新たな時代の幕開け 2024年夏にSakana AIと共同研究グループは、以下の論文とブログ記事を発表した。 それは、研究でやりたいことをざっくり伝えるだけで、”AIサイエンティスト”が研究アイデアの創出、計算機実験の実行、結果の要約、論文の執筆、査読という研究のサイクル全体を自律的に遂行するという内容で、特に研究者に大きな反響があった。 今回のデモンストレーションでは、拡散モデルやトランスフォーマーなどの機械学習の分野で、トップ会議に採択されるレ

          AIサイエンティストと科学研究の未来

          皮質カノニカルサーキットのシミュレーション

          脳はどのように理解できるか? これは明らかに答えのない問いであり、ヒトによってさまざまな回答がありうる。多くの計算論的神経科学の分野の研究者にとって、脳活動のシミュレーションを行い、神経活動の予測を行うことは理解の一形態であろう。 ホジキンとハクスレイは、(当時実体が明らかになっていなかった)イオンチャネルを考慮に入れて微分方程式を用いた膜電位の時間変化の詳細なモデリングを行い、単細胞の神経活動シミュレーションを行った。しかし、ヒトには1000億個のオーダーの神経細胞が存

          皮質カノニカルサーキットのシミュレーション

          進化は脳の形態そのものではなく発生の設計図に対して起こる

          ヒトの神経細胞の数はおよそ860億個で、神経細胞間のつながりであるシナプスはその1000~10000倍存在する。よって、30億塩基対のヒトゲノムに神経回路の設計図をエンコードするのは不可能である。 また、われわれの神経回路は可塑性を通じて一生を通じて変化し続ける。ここからも、進化により神経回路そのものを規定するのはナンセンスであることがわかる。 遺伝子変異と脳への影響 ヒトには2万以上の遺伝子が存在するが、そのうち70%~80%は脳で機能するとされている。選択的スプライ

          進化は脳の形態そのものではなく発生の設計図に対して起こる

          情報で捉える生物学入門#4 【遺伝子工学】

          生物が情報の乗り物であるとすると、生物を研究する研究者は、様々な手法を駆使して生物の情報を知りたい。そのためには、情報を増やしたり、読んだり、書いたりする技術が役立ちそうである。今回は特にDNA情報について、そのような分子生物学におけるツール開発を担う遺伝子工学の分野を紹介する。以前少し異なる視点からの生物学のツールを紹介した記事も参照されたい。 DNAを増やす技術 DNAを試験管内で増やす技術として開発されたのが、1993年にノーベル化学賞を受賞したPCR(ポリメラーゼ

          情報で捉える生物学入門#4 【遺伝子工学】

          意識の科学的解明は可能か?生命と意識へのアプローチ

          意識のハードプロブレムとは、電気回路としての物質的な脳の神経回路網の振る舞いが、どのようにして赤を見る経験、痛みを感じる経験といった主観的な経験を生み出すのかを説明することの困難さについての概念である。 意識は神秘的であるように感じられ、脳を持たない現在のAIには意識はないと多くの人は同意するだろう。では、このハードプロブレムに存在するギャップは永遠に埋められないのだろうか? 生命とは何か? 生物が生きているという状態を定義するのは困難である。実際に、20世紀途中まで生

          意識の科学的解明は可能か?生命と意識へのアプローチ

          睡眠の進化:爬虫類の前障が示す新たな視点

          睡眠は多くの行動学的要素と神経科学的要素が協調的に作用し、高度に組織化された状態である。ほとんどの動物に普遍的に備わり、高等脊椎動物にとって必須の現象であるのにもかかわらず、睡眠はその必要性、進化的成り立ちも含め、謎が多い。また、睡眠は睡眠覚醒周期、レム睡眠、ノンレム睡眠など周期的な制御を受け、これは環境の変化に適応するために脳が生み出すリズムの顕著な例である。 哺乳類の前障(Claustrum)は幅広い脳領域との結合を持つことから、高次の認知機能を担うと考えられ、注目を集

          睡眠の進化:爬虫類の前障が示す新たな視点

          進化揺動応答関係~表現型ゆらぎと進化可能性~

          自然選択の仮定 私たちを私たちたらしめているのは進化であり、進化は自然淘汰によっておこる。自然淘汰の3つの要素は、変異、選択、遺伝であるといわれる。変異によって個体間に違いが生まれ、選択によって特定の環境への適応度の高い個体がより生き残る。最後に、遺伝によって適応度の高い特性が次世代に伝えられる。 このような説明を聞くと納得してしまいそうになるが、変異、遺伝は生物の遺伝子に対して起こるのに対し、選択は生物の表現型に対して起こる。よって、自然淘汰の背後には、遺伝子が表現型

          進化揺動応答関係~表現型ゆらぎと進化可能性~

          生物学を学ぶ際に意識するべき正確性と有用性

          物理や情報科学がバックグラウンドの人から、生物学に関連する事項でこのような質問を受けることがある。そしてたいていの場合、どのように答えればよいか少し困る。これは、物理や情報科学と生物学の間で、厳密性への姿勢が大きく異なるからなのではないかと思う。 生物学で習うことは、厳密にはほぼ嘘 生物学における概念や現象は、ほぼ確実に例外がある。 これは、自然科学の異なる分野がバックグラウンドの人が生物学を学ぶ、または生物学がバックグラウンドの人と話す際に知っておいて損はないと思う。よ

          生物学を学ぶ際に意識するべき正確性と有用性

          情報で捉える生物学入門#3 【分子生物学】

          生物は遺伝子の乗り物である、そんな話を第1回の連載でした。情報を次世代にバトンタッチするためには、情報をコピーする必要がある。これはDNAの複製と呼ばれる過程であり、DNAの構造と密接に関連している。 複製 DNAは糖(デオキシリボース)、4種類の塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)、リン酸から構成されるデオキシリボースがホスホジエステル結合により連結してできている。この4文字で生物はゲノム情報を表現しているため、生物は4進数を採用しているとみなせる。アデニンとチ

          情報で捉える生物学入門#3 【分子生物学】

          常識を覆す発見:大規模言語モデルとiPS細胞作成のブレイクスルー

          大規模言語モデルのブレイクスルー ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)は、2017年に提唱されたトランスフォーマーアーキテクチャーを使用し、モデルを巨大化したものだが、やっていること自体は従来の言語モデルと変わらない。入力に続く単語の尤度(適切さ)を最大化する単語を選び、それを追加したうえで次の単語を予測するという計算処理を応答が終了するまで繰り返すのみだ。 次に続きそうな単語を予測しているだけで高度な知能(推論・思考・意思決定)が達成できるはずがない、

          常識を覆す発見:大規模言語モデルとiPS細胞作成のブレイクスルー

          タスク駆動型モデルと神経科学: 固有受容感覚の神経活動を予測するニューラルネットワーク

          神経回路は適応度を上げるために、特定のタスク(群)をうまく解けるように進化しているはずである。であれば逆に、様々なタスクを解かせるよう学習させたモデルでどれが神経活動を最もうまく説明できるかを比較することにより、脳がどのようなタスクに最適化しているかを明らかにできるのではないか? 固有受容感覚は、脳に対して四肢の位置、動き、力を伝え、様々な行動に必須の機能である。錐体核(Cuneate nucleus: CN)は、脳幹の延髄に位置し、体性感覚経路の上半身の感覚情報を処理する

          タスク駆動型モデルと神経科学: 固有受容感覚の神経活動を予測するニューラルネットワーク