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情報で捉える生物学入門#8 【植物学】

植物は、光合成により独立して栄養を生産できるが、運動ができない多細胞生物で、動物とともに最も一般的な生物といえるだろう。植物も動物と同様、有性生殖をおこなう多細胞生物であるので、配偶子が融合してできる受精卵の細胞分裂により胚発生を行う。一方で、その後の器官・組織の形成過程は植物の光合成をおこない、固着性であるという植物独自の生活様式を反映し、動物とは根本的に異なっている。

今回は動かないために素早い情報処理を行わない植物における、環境応答での制御機構や器官形成に潜むアルゴリズムを、コードを交えながら説明していく。


植物の基本体制:器官と組織

植物は光合成をおこなう、土に植物体を固定して水や無機養分の吸収を行う、葉と根を連絡するという3種類の器官からなる。植物の一見これらのどれにも当てはまらないように見える器官もこれらの一部である。例えば、種子植物の花は特殊化した葉が組み合わさってできており、イモは根か地下茎が栄養を貯めるために肥大化したものである。

動物が一般的に胚発生の段階で主要な器官を1通り作り終えてしまうのに対し、植物は胚発生終了後も枝や根を分岐させることによって生涯にわたり器官を入れ子構造で作り足し、植物体を複雑化していく。自己複製能力と分化能をあわせもつ幹細胞による高い再生能力も植物の特徴の一つで、ソメイヨシノなどの挿し木では枝一本から植物体全体を構成することができる。

組織は器官の内部にある似た形や機能の細胞を集合したものである。植物には以下の4つの組織が存在する。

  1. 植物の外皮を覆い保護や水分の蒸発を防ぐ表皮組織

  2. 植物体の中で物質の貯蔵や光合成をおこなう柔組織や強度を生む厚壁組織を含む基本組織

  3. 水や無機会陰類を根から他の部分に運ぶ木部と光合成で作られた有機物を分配する師部から構成される維管束組織

  4. 茎頂分裂組織や根端分裂組織などの細胞分裂による植物の成長を担う成長組織

植物はシュートの先端と根の先端を結ぶ上下の軸を唯一の極性軸とする放射相称の対称性を持つ。これは多くの動物が前後軸と背腹軸を持ち左右相称であることと対照的で、見た目の植物らしさを生む要因となっている。逆にホヤなどの一部の放射対称で固着性の動物が植物と間違われることがあるのも、これが要因だろう。

植物ホルモン:器官形成・環境応答制御因子

植物の器官形成の制御因子として、植物ホルモンが知られている。植物ホルモンは植物体内で作られて細胞間を移動し、微量で植物の成長や発達に影響を及ぼす低分子生理活性物質で、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、アブシシン酸、エチレンなどが含まれる。植物ホルモンは細胞内の分子ネットワークを制御することで器官形成を行っている。ここでどのような情報処理が起きているかを深堀していこう。

フィードバック制御:工学的視点から

フィードバック制御とは、ネットワーク上であるノードの作用が最終的にそのノードの作用を強める(正のフィードバック)か弱める(負のフィードバック)ことである。植物では、茎の分岐は茎頂分裂組織の活動により起こるが、普段は頂芽の近くの側芽では活動が休止しており、頂芽から離れると活性化される。このような頂芽による側芽の成長抑制を頂芽優勢といい、頂芽から極性異動で運ばれてくるオーキシンが側芽に働きかけることで行われている。これは、頂芽の生産したオーキシンがサイトカイニンの合成を抑制することによって側芽の成長とオーキシンの生産を抑制するという意味で負のフィードバック制御の例である。また、特にフィードバック抑制によって出力の正規化が起こり、1つの出力のみが他の出力と比べて大きくなることをWinner Take All(勝者総取り)といい、頂芽優勢ではオーキシンを用いてこの情報処理を実装していると考えることができる。

また、オーキシンが茎頂分裂組織の周縁部の表層に集中すると、葉や花芽が発生する。このオーキシン集中部の生成には、オーキシン濃度がより高い細胞に接する膜に、オーキシンを細胞から排出するタンパク質が集まるという機構が働いている。このオーキシンの極性移動によりオーキシン濃度が高い細胞がより多くのオーキシンを受け取るようになり、オーキシン濃度の細胞間の差が拡大するような正のフィードバックが形成されている。

種子は成熟後一度代謝を停止して休眠し、望ましい環境になったのちに発芽を行うが、この過程にはアブシシン酸とジベレリンが関わっている。アブシシン酸は種子の発芽を抑制し、脱水から種子を保護する作用がある。種子が吸水するとアブシシン酸の合成が抑制されるため、アブシシン酸は種子の発芽をフィードバック抑制しているといえる。一方、ジベレリンは発芽時に種子のアミラーゼの合成を促進する。アミラーゼは胚乳に蓄えられたデンプンを糖に分解され、発芽時の根や芽の伸長成長に用いられる。このデンプンの糖への分解によりさらなる吸水と発芽が起こるため、ジベレリンは発芽の正のフィードバックを起こしているといえる。

他にも、エチレンは果実が成熟すると生成され、さらにエチレンが果実を成熟させるという正のフィードバックを形成することが知られている。ここで解説したのは植物ホルモンの機能のほんの一部に過ぎないが、同じサーキットモチーフが繰り返し使われ、また1つの植物ホルモンが複数のモチーフに登場することが理解できたと思う。生物が物理的な実体を持つ以上どの分子が機能を担っているか、ということも重要であるが、結局環境に適応するためにはどのような機能が必要で、それを実現するためにどのような情報処理が実現されているのか、という視点を持つと、細菌にも動物にも植物にも共通する生物理解の1つの側面が得られるのではないだろうか。

被子植物花器官形成のABCモデル

ABCモデルは花の形成過程を説明するために提唱されたモデルで、被子植物の花の各器官(がく、花弁、雄しべ、雌しべ)の発生を制御する遺伝子の働きを示している。花器官の同心円状の配置において、最も外側ではAクラスの因子のみがその内側ではAクラスとBクラスが、その内側ではBクラスとCクラスが、最も内側ではCクラスの因子のみが発現する。動物の発生過程の遺伝子発現制御を明らかにするうえでホメオティック突然変異体が大きな役割を果たしたのと同様に、花のABCモデルの構築には特定のクラス因子の遺伝子機能の欠失により特定の花器官が別の花器官に転換する花器官のホメオティック突然変異体の研究が大きく貢献した。変異体の解析から、Aクラスの因子とCクラスの因子は互いに相手の発現を抑えていることが分かっており、それらの位置の遺伝子発現を決定する関数をPythonコードにしたものが以下である。

# 遺伝子発現を決定する関数
def determine_gene_expression(position, A_gene, B_gene, C_gene):
    A_expr = False
    B_expr = False
    C_expr = False

    # 位置に基づく初期の遺伝子発現決定 (0:外側⇔3:内側)
    if position == 0:
        A_expr = A_gene
    elif position == 1:
        A_expr = A_gene
        B_expr = B_gene
    elif position == 2:
        B_expr = B_gene
        C_expr = C_gene
    elif position == 3:
        C_expr = C_gene

    # AクラスとCクラスは互いに発現を抑制する
    if C_gene and not A_gene:
        C_expr = C_gene
    elif A_gene and not C_gene:
        A_expr = A_gene

    return A_expr, B_expr, C_expr

Aクラスの因子は単独ではがくを、AクラスとBクラス共同では花弁を形成するように、Cクラスの因子は単独では雌しべを、BクラスとCクラス共同では雄しべを形成するように転写調節を行う。また、Cクラスの因子が最も内側の領域で分裂組織の活動停止による花の形成を終焉させる役割も兼ねており、このCクラスの因子の変異体では花の形成が終わらず中心部にがくと花弁が繰り返し形成されることで、八重咲の花となる。それらの遺伝子発現による器官を決定する関数をPythonコードにしたものが以下である。

# 器官を決定して表示する関数
def determine_organ(position, A_expr, B_expr, C_expr):
    if A_expr and not B_expr and not C_expr:
        organ = "がく"
    elif A_expr and B_expr and not C_expr:
        organ = "花弁"
    elif B_expr and C_expr and not A_expr:
        organ = "雄しべ"
    elif C_expr and not A_expr and not B_expr:
        organ = "雌しべ"
    else:
        organ = "未定義"
    print(f"位置 {position}: {organ}")
    if position == 3 and not C_expr:
        print("花の形成が終わらず内側に新たな花が形成されます。")

最後に、遺伝子の有無を決定し、各位置での花器官を表示するコードが以下である。

# 遺伝子発現を入力として与える
# True: 遺伝子が存在する, False: 遺伝子が存在しない
A_gene = True # Aクラスの遺伝子の有無
B_gene = True  # Bクラスの遺伝子の有無
C_gene = True  # Cクラスの遺伝子の有無

# 各位置での器官を決定する (0:外側⇔3:内側)
for position in range(4):
    A_expr, B_expr, C_expr = determine_gene_expression(position, A_gene, B_gene, C_gene)
    determine_organ(position, A_expr, B_expr, C_expr)

実際にGoogle Colabなどの環境で走らせてみると、以下の出力が得られ、花器官の構成と1遺伝子変異の影響を再現できるはずである。植物の遺伝子発現による花器官の形成が論理的に行われていることがわかると思う。ぜひ、ABC遺伝子の有無を変更して、実際にコードを動かして遊んでみてほしい。

位置 0: がく
位置 1: 花弁
位置 2: 雄しべ
位置 3: 雌しべ

参考文献

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植物は光合成により独立栄養を行い、固着性を持つ多細胞生物であり、その成長や器官形成は動物と異なる独自の仕組みで進行する。植物ホルモンやフィードバック制御が、器官形成や環境応答の基盤となり、特に頂芽優勢や発芽過程などで正負のフィードバックが情報処理に寄与している。花器官形成のABCモデルは遺伝子発現による器官の決定を説明し、がく・花弁・雄しべ・雌しべの形成がそれぞれA、B、Cクラス因子の相互作用で論理的に制御されている。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像はDALL-Eにより生成

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