見出し画像

生物学を学ぶ際に意識するべき正確性と有用性

「~~って正しいの?」

物理や情報科学がバックグラウンドの人から、生物学に関連する事項でこのような質問を受けることがある。そしてたいていの場合、どのように答えればよいか少し困る。これは、物理や情報科学と生物学の間で、厳密性への姿勢が大きく異なるからなのではないかと思う。


生物学で習うことは、厳密にはほぼ嘘

生物学における概念や現象は、ほぼ確実に例外がある。
これは、自然科学の異なる分野がバックグラウンドの人が生物学を学ぶ、または生物学がバックグラウンドの人と話す際に知っておいて損はないと思う。よって、厳密な事実だけを述べていては生物を体系化して理解することができないため、当然ながら教科書にも例外のあることを真実であるかのように書いてある。

また、多くの生物学の理解は新しい発見とともに更新されていく。特に、高校生物の教科書から大学生物の教科書、大学院生が読むような発展的な教科書になるにつれ、のっている事項の不確実性が大きくなり、数年後に覆される可能性も高くなると考えてよいだろう。よって、そもそも正しい、間違っているという1と0で判断することが困難だ。

概念・モデルの有用性が鍵となる

この生物学の曖昧性は、多くの人が生物学を嫌う一つの要因だと思う。実際、生物学を学べば学ぶほど例外が増え、生物に規則や普遍性を見出すことが困難なように思われるかもしれない。しかし、さらに繰り返し学ぶと、生物学の全体像が見えてきて、その中でもどの概念や法則が有用で、生命の理解に重要なのかが見えてくる。
(ただし、これも現状体系化されている知識の中の話で、微生物ダークマターと呼ばれる実験室での培養にも成功していない地球上で圧倒的多数を占める細菌等も含めれば、生物はわからないことだらけというのも本当ではある。)

よって、教科書に書かれていることも、多くの生物に当てはまる確実性の高いことから、いくつか例は知られているもののあまり適用範囲の広くない例までグラデーション的に捉えたほうが良い。ただし、これを特に初期の学習段階で見分けるのは至難の業である。僕もブログを書く際に、なるべく正確性に気を付けて書くのはもちろんのこと、不確実性の高いことは、「~と思われる」、「~と示唆される」などと自信がなさそうになるように注意しているが、わかりやすさとのトレードオフもあり、難しい。

生物学における具体例

このような生物学における正確性と有用性のトレードオフは、実際に例を見てみるとわかりやすいと思うので、以下に①ほぼ確実と思われること、②例外はあるが有用な概念、③例外が多く、鵜吞みにしないほうが良い例を挙げる。

すべての生物に当てはまる事実を見つけるのは難しい。ぱっと思いつくのは、「すべての生物は死ぬ」ことであり、これは生物を習ったことがない人にも共有されていると思う。ただし、生物の定義、死の定義は全生物学者が納得するようなものはないだろうし、将来的に不老不死が実現される可能性もなくはない。

生物を理解するうえで有用な概念の例としては、「多細胞生物のすべての細胞は同じゲノムを持つ」ということである。これはほとんどの細胞について正しいのだが、1987年に利根川進博士がノーベル医学生理学賞を受賞した免疫B細胞の遺伝子再構成など、重要な例外が存在する。しかし、生物を理解するうえで皮膚も筋肉も脳も構成する細胞は同じ遺伝情報を保持しており、これらの多様性は遺伝子の発現パターンが変化することによって生じる、ということを認識するのはとても重要で、生物の学習初期の段階でこの概念を習うことは有用だと僕は思う。

最後に、教科書に書いてある(書いてあった)が少し厳密性と有用性のバランスが怪しいと感じる例としては、「個体発生は系統発生を繰り返す」、「1遺伝子1酵素説」などが挙げられる。前者は確かにヒト胚が発生する過程で、魚類、両生類、爬虫類などの進化的段階をなぞるよう見えることが知られているのだが、それほど多くの適用事例はない。発生と進化が密接につながっているのは事実で、進化発生生物学などの分野の発展につながっているものの、そのままの形でこの文言を信じないほうが良いだろう。

後者に関しては、確かに歴史上遺伝情報という離散的な単位が直接タンパク質に翻訳されて機能を発現しているという事実を認識するうえで重要だったのだと思う。一方で、現在は遺伝子は酵素以外の様々なタンパク質や、転写されるがタンパク質に翻訳されないノンコーディングRNAとして働く者もメジャーであり、また複数のタンパク質が組み合わさって酵素として働くような例も多く知られている。

物理や情報科学のバックグラウンドを持つ人から生物学に関する質問を受けると、どう答えるべきか困ることがある。生物学では例外が多く、厳密な事実を述べるだけでは理解しにくいため、教科書には確実性の高い事項から例外のある概念まで幅広く記載されている。このため、教科書の内容をグラデーション的に捉えることが重要であり、生物学の学習初期段階では特に難しいが、有用な概念を見極めることが鍵となる。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像はDALL-Eにより生成


この記事が参加している募集