光遺伝学の限界とAll-optical approach
光遺伝学
神経活動のコントロールにより脳の機能を明らかにすることは、神経科学の長年の夢だった。光遺伝学以前には脳機能は特定の脳領域の切除か神経活動の観察によって推測することが一般的で、特に、高時間解像度で特定の神経細胞集団の活動を操作する方法はなかった。2005年にEdward BoydenやKarl Deisserothが発表した光遺伝学は、これを光で駆動するチャネルやポンプを神経細胞へ発現させることで可能にした。侵襲度が低く、時間解像度が高く、遺伝学的に分離された特定の細胞集団をターゲットすることができ、複数の色により同時に異なる神経集団の操作、または同じ細胞集団の活性と抑制を行えるといった利点がある。
特に、光遺伝学の時間分解能の高さは従来のツールと比べて格段に優れている。薬理学的海馬CA1の抑制の影響が記憶形成の数週間後には消失することは記憶の固定化(長期記憶が海馬の初期の関与と大脳皮質の後期の関与を必要とする2段階プルセスであるとする説)の証拠と考えられていたが、光遺伝学を用いると記憶形成から数週間たってもCA1の抑制により記憶の想起を抑制できることが示された。薬理学的海馬抑制では、その時間スケールが長いために、他の脳領域に記憶が移行するような補償機構が働いていることが示唆された。
光遺伝学の限界
しかし、光遺伝学も他の多くの技術同様限界があり、それを理解して用いる必要がある。
限界1:生理的条件下と異なる活性化パターンをしている場合が多い。
冒頭のSivia Arberの引用にもあるように、一般に光遺伝学での活性化は、活動記録を行うことで生理学的な活性化の範囲に収まっているかということを確かめずに行われることが多いため、それにより行動への影響がみられても、動物が普段生活している生理的条件下で活性化した神経集団が行動へ影響しているかは分からない。
限界2:単細胞の活動を制御することができない。
光遺伝学は遺伝学の手法を用いて特定の細胞集団にのみツールを発現させ活動を操作できるのが強みだが、一般には1細胞レベルで個別に活性化するようなことはできない。例えるなら、楽譜の記載の通り音楽を奏でるように神経細胞を一つずつ活性化していくのが理想だが、基本的には完全には均質ではなく、空間分布も不明な多くの細胞群を同期して発火させてしまう。神経細胞がネットワークをなして機能している以上、その発火シークエンスに情報が載っていると考えるのが自然だが、多くの場合光遺伝学の実験では細胞集団の活性化と不活性化という2値の状態しか誘導できない。
また、光遺伝学にはツール本来の限界の他にアーチファクトが現れる場合があり、注意する必要がある。例えば、抑制性の光遺伝学ツールであるハロロドプシン(NpHR)とアーキロドプシン(Arch)を用いて軸索終末を刺激すると、NpHRでは予想されたとおりにシナプスでの神経伝達物質の放出が抑制されるのに対し、Archでは逆に促進されることが分かっている。
光遺伝学と因果関係
光遺伝学は特定の神経細胞集団の活動が特定の行動に必要か、十分かという因果性を示すのにも用いられてきた。海馬のエングラム細胞の活性化ですくみ行動が起これば、恐怖記憶の発現誘導にそれらの細胞が十分であり、抑制で本来すくみ行動が起こる条件で起こらなくなれば、恐怖記憶の発現にそれらの細胞が必要であるといった具合である。上記で述べたように光遺伝学での活性化は生理的条件とかけ離れている場合が多く、行動への影響は間接的である可能性もあるので、結果の解釈は気を付ける必要がある。(脳科学における因果関係についてまとめた以前の記事。)また、そもそもこれらの必要、十分という用語の使い方は誤用で用いるべきではないという意見もある。
All-optical approach (全光学的手法)
これらの限界のいくつかは、二光子カルシウムイメージングによる神経活動の観察と2光子光遺伝学による神経活動の操作を組み合わせた全光学的手法(All Optical Approach)による解決されうる。この分野を牽引するMichael Häusserの研究を中心にこの技術の可能性を議論していきたい。
近年2光子顕微鏡を用いたカルシウムイメージングでは記録できる神経細胞数が指数関数的に増加している。2光子光遺伝学は視野内の特定の1細胞のみに強力なレーザー光を当て、2光子励起による光遺伝学ツールの活性を可能にし、コンピューター生成ホログラフィーと組み合わせることで多数の神経細胞を操作することができる(限界2の克服)。これにより、生体内の大規模なニューロン集団の活動を高い空間、時間分解能で読み書きできるようになる。
限界1については、イメージングによる神経活動の記録に基づいて光遺伝学による活性化を行う閉ループを構成することで、事前に記録した目標の(生理的に妥当な)神経活動パターンになるように光遺伝学の手法を用いて刺激することで克服できる。例えば、神経活動が閾値下の場合に光刺激頻度を増やすという活動クランプ(Activity clamp)を行うと、神経活動を特定の活性化レベルにキープすることができる。
また、トリガーとなる神経が活性化しているときにターゲットとなる神経集団を活性化するという閉ループを形成すると、光刺激を行わなくなった後もターゲットの神経の活動上昇が持続し、神経ネットワークの可塑的な変化を誘導できたことが示唆された。
全光学的手法の応用により、一次感覚皮質が、行動結果とは無関係に刺激に関する情報を伝えるニューロンだけでなく、提示された刺激とは無関係に行動選択に関する情報伝えるニューロンを含むといった新しい知見の発見や、海馬での行動時間スケールでの可塑性のシナプスレベルでの機構といった生物学的現象の解明がなされており、今後も発展が楽しみである。
参考文献
Optogenetics: 10 years after ChR2 in neurons—views from the community | Nature Neuroscience
Controlling neural circuits with light | Nature
Millisecond-timescale, genetically targeted optical control of neural activity | Nature Neuroscience
Dynamics of Retrieval Strategies for Remote Memories: Cell
#22 Artificial/Artifactual neural manipulations - NeuroRadio
Biophysical constraints of optogenetic inhibition at presynaptic terminals | Nature Neuroscience
Full article: ‘Necessary and sufficient’ in biology is not necessarily necessary – confusions and erroneous conclusions resulting from misapplied logic in the field of biology, especially neuroscience (tandfonline.com)
All-optical interrogation of neural circuits in behaving mice | Nature Protocols
Closed-loop all-optical interrogation of neural circuits in vivo | Nature Methods
Behaviorally relevant decision coding in primary somatosensory cortex neurons | Nature Neuroscience
All-optical physiology resolves a synaptic basis for behavioral timescale plasticity - ScienceDirect