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たまご

体を一生懸命きたえていた時期がある。
いろいろ、トレーニングをしたが、なかなかうまくいかず、たまたま知り合ったボディビルをやっている人に聞くと、たまごをたくさん食べるといいということだった。
僕なんて日に1パックくらい食べるよ、とその人は言う。
へえ、そうなのかと感心して聞いていた。

そのころ、僕は深夜営業のレストランで調理のバイトをしていた。
日によっては、すごく忙しい日もあるが、ヒマな時はヒマで、厨房のそうじや皿洗いをすることになっていた。
その日はわりとヒマで、そうじも終わり、皿洗いも片付き、のんびりしていた。
深夜というよりも、朝と言った方がいいような時間帯に入って、お腹がすいた僕は、前述のアドバイスも頭の中にあり、ゆでたまごを作ることを思いついた。
本当は店の食材に手をつけることはいけないのだけど、他に見ている人もいないことだし、一つくらい、いいだろう。
こそこそと鍋を火にかけて、お湯を沸かし、たまごを入れた。

いつお客が入ってくるかわからない。
少し焦っていた僕は、ちょっと早いかなと思いながらも、お湯からたまごを取り出した。
たまごの殻はきれいにむけたが、まん中が少しへこんでいて、あまり固まっていない様子。
そのまま食べようかなとも思ったが、せっかくだしおいしく食べたい。
皿の上に卵をのせて、電子レンジに入れた。

1分ほどレンジにかけただろうか、あつあつのゆでたまごが完成した。
さあ、注文の来ないうちに早く食べてしまおう。
ゆでたまごを口に入れた、その時。

ばん。

すごい音がした。
僕は、わけもわからないまま立ちつくしていた。
我にかえって周りを見渡すと、さっききれいにそうじした厨房にたまごの破片が飛び散っている。
さらに、自分の口の周りが異常に熱い。
たまごが爆発したことに気がつくまで、数秒間はかかったと思う。
そして、その時間は僕の口の周りを、ひどいやけどにするのに充分だった。
僕の口からあごにかけては真っ赤に腫れ上がっていた。

数分後、ナイロン袋に入れた氷を口にあてながら、厨房をそうじしなおしている僕がいた。

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