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自販機ボタン押し

今の小学生たちは、ボランティアのスクールガードさんや保護者に見守られながら登下校していますが、僕が小学生だったころは、物騒な事件も少なかったからか、単純に子どもが多かったからか、登下校などは勝手に集まって、勝手に行ったり帰ったりするのが普通でした。

その朝も、僕らは集まって学校に向かっていました。通学途中で、大きな幹線道路を渡ります。その信号は、なかなか青にならないので、そこにあるジュースの自動販売機の下をのぞき込んで小銭を探したり、取り出し口に手を突っ込んで、おつりが残ってないか確認したり、そうして時間をつぶすのが日課でした。

そのとき、誰かが自販機のボタンを何気なく押したのです。「がたん」音を立ててジュースが1缶出てきました。

なんだ、なにが起こったんだ。いつもと違う展開に、我々小学生集団はざわめきました。リーダーである6年生が、もう一度ボタンを押しました。「がたん」またジュースが出てきたのです。「うおおおおおお」みなの口から興奮の雄叫びが絞り出されました。

そして、我々は、めいめいにボタンを押しまくったのです。「がたん」「がたん」「がたん」押せば押すだけジュースが出てくるのでした。

自販機の前でジャンプして押す。「がたん」

くるっと一回転して押す。「がたん」

ジャンプしてケツで押す。「がたん」

考え付く限り、ありとあらゆる動作で自販機のボタンを押しまくりました。体操競技に自販機ボタン押しという種目が追加されるならば、その演技のほとんど全ては、このとき誕生したはずです。

わわわ、もう、間に合わへん!完全に我を忘れてボタンを押すサルと化していた我々に注意を促したのはリーダーである6年生でした。彼は、出たジュースを用水路の陰に隠し、速足で登校することを、毅然とした態度で指示しました。「持って帰るのは下校時だからな」我々に異論はありません。リーダーに従って学校への歩みを進めました。みな一様に唇の端に笑いを浮かべながら。

結局、良心の呵責に耐えかねた一名が親に報告したところから、この事件は明るみに出ました。我々は、親に連れられて、その自販機を管理しているお店に謝りに出かけました。もちろん用水路に隠したジュースは全て返しました。自販機の動作チェック用にお金を入れなくても出てくるようになるスイッチがあるらしく、それを従業員の方が誤って押してしまったというのが事の真相だったようです。「正直に名乗り出てくれたから」とお店の人から、全員1缶ずつジュースをもらって家に帰りました。

自分の人生を思い返しても、あの時のあの瞬間以上に興奮したことはないような気がします。もらったジュースの味は忘れてしまったけど、今でも自販機の前に立つとき、あの朝のことを克明に思いだします。そして、次のオリンピックに自販機ボタン押しが追加された時は、ぜひ代表入りを目指したいと決意を新たにするのです。

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