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父記録 2023/6/8

晴れのち曇りのち小雨。
寝ても疲れが取れない。腰が板のよう。
店まで十数分の道のりが果てしなく遠い気がする。犬に引かれるように歩く。
歩きながら「だるくても遠くても颯爽としてなくても、とりあえず順番に足を出したらいつかは着くな。着くんだな。」と思った。

仕事を早抜けして面会に向かう。
父は今日も眠っている。
管を無意識に抜いてしまわないよう着けているミトンは、面会時のみ外してよいことになっている。
父のミトンを外すと病室に優しい香りがふんわりと漂った。
父の手のひらにはアロマの香りのついたガーゼが握られていた。
ラベンダーと柑橘系の香りが父の体温で温められて、私の頬を優しく撫でながら病室に広がる。
看護師さんが握らせてくれたのだろう。
心を撫でてもらったような気持ちがした。

ここのところの父は大体眠っている。
「お父さーん?」と声をかけると
「あい」と答えてくれた。
「あーむ…あ…あむ…」とかすかな声を出し、口を動かしながら眠る父。

脚をさすり、足裏を揉み。
「よくなるよ」
腕をさすり、頭を揉み、胸に手を当て。
「よくなるよ、よくなるよ」

「お父さんは立派なお父さんだよねえ」
「お父さんだいすきだよ〜」
「お父さん!お父さん!」
しつこく呼びかけると
「うん!」
目を瞑ったまま、力強い返事が返ってきた。
満足。

病院を出ると雨が降り出していた。
車を停めた駐車場まで濡れながら歩く。

どうにも心が沈む。

仕事場に戻らなくてはならないのだけどちょっと寄り道をして近くのファミレスで白魚と春キャベツのペペロンチーノを食べた。
おいしかった。
父と一緒に来られたらきっと、「旨いな。」って言うだろうな。

父はもう食べたいものを言わない。
今日はジュースも舐めなかった。
パスタを平らげた私はデザートとコーヒーを頼んだ。
食べられる人は、食べられる時に、食べるのだ。そして働くのだ。

働かなくては。働かなくてはね。

雨足が強まって来ていた。
ワイパーが光の滲む景色にアイロンをかけては滲み、かけては滲む。
運転しながら
「あーあ、なんだかしんどいなー。なんでだろうねえー」
と、言ってみた。思ったより大きな声が出た。
「なんだかなんだかしんどいなー!なんでなんでしょうねえー!」
面白くなってきて3回くらいはきはきと唱えたら少しだけ気が晴れた。
歌も歌っちゃおうかな、と思った。
「セーラー服と機関銃」が口をついて出た。
大声で歌いながら環七を走った。

仕事場に着くと2匹のイヌが退屈そうに待っていた。

働かなくては。働かなくてはね。
ぐうたらも忘れずにね。

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