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父記録 2023/4/29

4/29
晴れ。風が強い。
黄色い薔薇が降るように咲いている。

今日は父の弟、ゆきおさんと共に父の面会へ。
叔父もまた病身で先日退院したばかりである。
病室に入ると窓が開いていて、レースのカーテンが父のベッドに向かって激しくはためいていた。
看護師さんが慌てて走って来て「すみません換気してました!」と言って窓を閉める。

「アニキ、ゆきおだよ。会いに来たよ。遅くなってごめんね。わかる?ゆきおだよ。」
父は眠っていたが、微かに反応した。
今日も父の足を揉む。
父を挟んで昔の話を沢山聞いた。
小さい頃、雷雨の日に父と二人で留守番していて、雷に怯えるゆきおさんを父が抱きしめて「大丈夫、大丈夫」となだめてくれたこと。
水道がない家だったので、毎日共同水道に水を汲みに行かなくてはならなかった。足が悪い母親に変わり、天秤棒と桶を持って水を汲みに行くのが兄弟の仕事だった。
「水汲みに行くのを友だちに見られるのが恥ずかしかったなあ。家に水道がないのは貧乏な家だってことだから」

父を追って上京して来たゆきおさんを上野まで迎えにきた父は長髪で、ゆきおさんはびっくりしたそうだ。
「当時髪の長い男なんてそんなに居なかったし、みんなじろじろ見てたよ」
父に連れられて行った先はボロボロのアパート「さんえい荘」の一室だった。
「三畳間でね、天井がなくてすぐトタンなの。後で友だちが来るからここで待ってろ、ってアニキは新聞配達の住み込みの寮に帰っちゃって、夜になったら上田さんが帰ってきて『聞いてる聞いてる〜』なんて言って。
それから一ヶ月、三畳間で二人で暮らしたの。上田さんは天井の近くの棚みたいなとこに寝て。持ち物は寝袋と茶碗と皿と鍋ひとつ。それでねえ、ある日リュックと木刀背負って『大阪に行ってくるからゆきおくんこのままここに住みな』って歩いて大阪に行っちゃって。」

ああ、そうだそうだ父の親友・上田さんはどこまでも歩いて行ってしまう人だった。

「それで何ヶ月かしたら上田さん帰ってきて。『大阪行く途中で道路工事の仕事してたら怪我して入院してた〜』ってびっこひいて帰ってきたの。上田さんもおかしな人だったねえ。」

その後新聞配達を辞め、さんえい荘に越して来た父の部屋には演劇やら美術をやっている不思議な風貌の人たちがしょっちゅう出入りしていたそうだ。
「頭の左半分がツルツルで、右半分が長髪なの男の人が居てね、目立ってたなあ。東京ってすごいところだなぁって思ったよ〜」
「シイナさんて人がさ、しょっちゅう朝来てノックするの。『ゆきおく〜ん、モーニングサービスいこうよ〜』って。で、喫茶店行ってモーニング食べ終わると『ゆきおく〜んごちそうさまぁ〜』って出て行っちゃう。いつもだよ。俺だって学生でお金ないのに、シイナさんうんと歳上なのにさ。」
上京したてのおぼこいゆきおさんが戸惑う様子が思い浮かんで可笑しくなる。
「アニキに愚痴ったら『あの人はそういう人だからしょうがないんだよ〜』って」

写真好きだったゆきおさんはペンタックスを買って父の作品を撮影したり、父が個展で踊る時の音響係を頼まれたりしたそうだ。
「アニキは裸で踊るのが好きだったでしょ。」
あらまあ奇遇ですね私もです。
子どもの頃はよく家で鏡の前で一人で裸で踊ってたし、20代から40代までは何かにつけて脱いでいた。父譲りだったのか。
最近はあんまり裸踊りしてないなあ。
「体を白く塗ってさ。なんとか言う有名な舞踏の人の真似して…」
土方巽ですね。
父は土方巽に衝撃を受けて、自分の個展や劇団の客演で踊っていたと聞いたことがある。
「ビニールにガソリン入れて海に幾つも浮かべて、アニキが海に入って火をつけて爆発させたり、地面に穴を掘って即席コンクリート?みたいなので固めて重油入れて燃やしたり…」
なにそれマジ危ない
「一緒に行って写真撮ったよ。美術手帖にも載ってね」
今なら一発アウトですね!
「無人島で全員すっぽんぽんで演劇やったり」
今なら一発で…
「そのすっぽんぽん写真をアニキがパネルにして、村松画廊で発表したんだよ。さんえい荘でアニキがパネル作ってたらおばちゃんたちが集まってきてさ、大きいだの小さいだの言って。共同台所で。」
貧乏だった父と上田さんはよく、さんえい荘の台所で別の部屋のおばちゃんが作った味噌汁なんかを盗み食いしていたそうだ。
おばちゃんたちは気付いていたと思うけど黙認してくれてたと、父が懐かしそうに語っていたことがあった。
「人間を布で巻いてプラスチックで固めて型とった作品があってね。男性のモデルは上田さんがやって、女性は見つからなくて俺の職場の女の人に頼んでやってもらったんだよ。
今思えばよくやってくれたよねえ。それが荻窪画廊で年間最多賞を取ったんだよ。そこでお義姉さんと会ったのかな。」
おおらかな時代の破天荒な青春。
その熱や興奮や可笑しみが、時を越えて伝わってくるような気がしてわくわくしてくる。

「黒ダライ児さんて言う美術史研究の方が書いた本のハプニング?みたいな項目にお父さんの名前も少し載ってるんですよ」
と私が言うと父が掠れた声で
「くろだ….らいじ…」
と言った。
寝ているようで、やっぱり父は聞いている。
「ね。黒ダライ児さんの本にお父さんの名前載ってるもんね。お店に本置いてあるよ。」
と言うと父は
「うん。」と頷いた。
父が母と喧嘩してゆきおさんの部屋に泊まりに来た話や、二人で交代で両親の介護をしていた時の話。
面会制限の2時間いっぱいいっぱいまで、ゆきおさんの話は尽きることがなかった。
途中で父が急に
「あんまん。」
と言った。今日はあんまんか。
昨日はハンバーガーだったかな。
父がこの先何かを食べられるようになるかどうかは分からない。けれども毎日食べたいものをひとつ言って欲しいな、と思った。

「じゃあね、そろそろ帰るね」
ゆきおさんが声を掛けると父はぱっちりと目を開いた。
やっぱり帰り際になると父は覚醒するようだ。
「アニキ、ゆきおだよ。わかる?ゆきおだよ。」
父は呆れたように破顔してはっきりと
「…わかるよ笑」
と言った。


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