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父記録 2023/4/17


4/17
3:10
寝ついてすぐに携帯が鳴った。病院からだった。

「血圧が下がっています。この先どうなってゆくか分からない状態なので、ご家族の皆さまに連絡して来ていただけますか。」

「えっ………えっと、あ、はいでは朝一で行けばよいでしょうか」

「…いえあの…朝まで持つか分からない状態でして可能でしたら今すぐに」

「え、そんなに!?」
大きな声が出た。隣で寝ていた夫がガバと起きて階下に降りて行った。
「わかりました、ではすぐ参ります、高円寺からです、はい、では」
母に電話するが出ない。
メッセージを入れて階下に降りると夫はもう着替えて準備していた。
家を出る直前に母と電話が繋がった。
「ともちゃん落ち着いて、大丈夫、大丈夫よお父さん充分生きたよ、いいお父さんだった、落ち着いて」
と全然落ち着いてない声が聞こえた。
あとまだ死んでないから。

福太がバタバタする私に必死に着いて周り、一瞬の隙に外に飛び出てしまった。着いてこようとしたのだと思う。慌てて捕まえる。危ない。
病院に向かう車で夫が
「こう言うのもアレだけどさ、こういうことが、きっと何度もあるんだと思うよ」
と言った。
「たぶん」

早朝の大学病院の時間外出入り口で私を降ろすと、夫はそのまま母を迎えに向かった。
薄暗く人気のない病院の廊下を彷徨って、つい半日に父と別れたばかりのICUのドアの前に立つ。すぐに案内され、病室に入る。
ベッドの父は昼間と変わらない様子に見えた。酸素マスクと点滴の管を着けている。
血圧は、上が70、下が35。
「お父さん」
答えはない。起きているのかいないのか分からない。とりあえず喋ることにした。

「お父さん、千葉にUFO見に行った後さ、お父さんとお母さん、毎晩部屋のベランダからUFO呼んでたよね?あれ、すごく怖かった。
ベランダの外にUFOがやってきて宇宙人に攫われそうになる夢見たんだよ。
あのマンション、まだあるのかな。調べてみよう。………あった!!ローズガーデン、まだあったよお父さん!」
スマホの中に、懐かしい建物が見えた。
『ローズガーデン』と言うレトロなフォントもそのまま。
「わー!築51年だって!私と同じ歳だよ!まだあるんだねえ、今度見に行ってみようかな?あの頃は隣が田んぼで、カエルの声がうるさかったよね。近くの多摩川によく遊びに行ったの覚えてる?よくシロツメクサで花かんむりやネックレス編んでくれたでしょ。お父さん、上手だったね。」

「ね、西新宿の老人ホーム覚えてる?Kさん(介護士さん)がいたところ。お父さん、よく夜中にロビーでKさんと二人でネックレス組んでたよね。あの時組んだの、まだお店に飾ってるよ。あのホーム、去年なくなっちゃったんだよ。建て替えで。来年くらいに再オープンするみたい。Kさんどうしてるかな。
あそこから今の特養に移る時、お父さんあんまり調子良くなくて、覚えてないかもしれないけどさ、Kさん、『村田さん、胸を張って生きてくださいね。俺は村田高詩だぞ、って。』って言ってくれたんだよ」

看護師さんが入ってきて痰吸引をしてくれた。父は少し苦しそうに「あーあー」と言った。
父の手を握りながら眠りそうになった頃、母と夫が到着した。
母は父の枕元に駆け寄ると開口一番
「死ぬ時は一緒に死にたかったわよねえ〜!」
と言った。だからまだ死んでないって。
「二人で沢山、二人三脚で楽しかったわね」
「血圧はこの人、元々低いからね、大丈夫よ大丈夫」
どっちなんだ。たぶんどっちもなんだ。
母は父の手を握り、私は父の足を握りながらいつのまにか寝落ちていた。
夫がいなくなっていた。
7時頃、看護師さんがやってきて血圧や酸素をチェックし、
「容態も落ち着いて来たので今日はもうお帰り頂いて大丈夫です。午後、入院手続きにいらしてください」と言った。
病室を出ると、コンビニへ買い物に行っていた夫が戻って来るところだった。
おにぎり、ゆで卵、飲み物、携帯の充電器。
「長くなるだろうと思って…」と夫が言った。
「きっとまた使うよ。」
外に出ると明るくて、地面が歪むようにふわふわした。

母を駅で下ろして帰宅すると、ふわふわしたまま眠りについた。
夫は庭の桑の葉を摘みに行った。

本当はこの日は友人の個展手伝いの為、盛岡に発つ予定だったがキャンセルした。

午後。朦朧としたまま何とか起きて入院手続きに向かう。午後の大学病院は明るくて活気があった。長い長い待ち時間の間にほうぼうに連絡を入れる。入院中の父の弟、ゆきおさんからメッセージが来ていた。
「aniki gambatte! orega taiin shittara kanarazu mimai ni iku kara gambatte!」
何故ローマ字なのか不思議に思いながら少し涙する。きっと色んなことがままならない中で送ってくれたのだろう。
手続きは済んだが、父がここにいると思うと立ち去り難く、院内をぶらぶら歩き回る。
明るい大学病院の廊下を歩きながら壁に飾られた絵や写真を見る。見るともなしに、見る。
「病院に絵や写真が飾ってあるのって大事なんだなあ」
と何となく思う。
たまたま搬送されたこの大学病院は奇しくも父が以前パーキンソン病の治療で通院していた病院なのだ。二人で長い時間待った、待合室、会計窓口。車椅子を押して渡ったガラス張りの渡り廊下。
本当は診察の後すぐ戻らなきゃいけないところを、ちょっとズルして二人で入った病院のレストラン。
麻婆豆腐やオムライス、カレー、中華丼、クリームあんみつ、アイスクリーム。
とろみがあって、父が好きそうなものをよく食べた。
外に出て、まだ立ち去り難く病院の周りを一周していたら書類の入った封筒を落としてしまった。拾おうとかがんだら胸ポケットのスマホや駐車券も落ちた。ゆっくり拾っていると通りすがりの若い女性が「大丈夫ですか?」と言って手伝ってくれた。

帰宅すると心配した友人がお惣菜やお菓子を差し入れに来てくれた。
食べようと思いながら、いつのまにか寝ていた。
夫が帰宅した音で目が覚めた。
「寝られる時に寝といたらいいよ」
二人で頂いた煮物や肉巻きを食べる。優しい味が色々沁みた。
また呼び出しがあるかもしれないと思うと寝巻きに着替える気になれない…と思っているうちに寝ていた。
小さな暖かさに助けられながら生きている。


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