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父記録 2023/7/5 【ゴローズとステーキとレディボーデンと天下市】


曇りのち雨
昨日から父は再び個室に移動となった。
久しぶりにゆっくりのびのびした面会。

父は目を開けていた。
母と二人で父の頭と顔と手足を拭く。
「どうした〜?大丈夫〜?ここにいたら安心ね〜危なくなったら助けてくれるからね〜」
母が歌うように話しかけた。
父の胸は少しゴロゴロしていた。

「お母さん、お父さんが看板屋さんの時ずっとお父さんのお弁当作ってたのよ。少ない予算で工夫して。お父さん痩せてたし、お金なかったし。あの頃、オイルショックもあって大変だったのよ。お父さんになるべく、おいしいものをおいしいものをと思ってね。
看板屋さんで『村田くんはまだ奥さんに愛されてるんだな』って言われたらしいわよ」
父が笑った。
「あ、お父さん笑ってる!」
みんなで笑った。
私「お弁当といえばお母さんの卵焼き、おいしかったね。」
母「そうよ、おいしいのよ。甘くしてね。」
父は甘いのがすきなのだ。
私「遠足の時はお弁当で、中身は必ず決まってたね。まるごとのササミの生姜焼き、卵焼き、胡瓜の塩揉み。ササミがお弁当箱の中でゴロゴロ転がるの。」
母「あら、そうだっけ。全然覚えてない。」
私「あれが定番で、大好きだったの。お母さんに『たまにはサンドイッチにでもしようか?』って訊かれた時も『やだやだ、いつものがいい!』って言ってさ」
母は「そうだった?全然覚えてないな、あの頃忙しかったからねえ」と笑った。

「ゴローズの社員旅行で初めてステーキ食べたの。牛肉をあんなに厚く切って焼くなんてお父さんもお母さんも初めてでね、感動したの。」
父が時折「んまーい、んまーい」と呟く。
「んまーいんまい、なのね〜」
母が答える。
「あの頃ゴローさんが定期的にホームパーティにスタッフを招いてくれて。奥さんの手料理を振る舞ってくれるんだって。
レディボーデンもね、お父さんがゴローさんちで食べさせてもらって『レディボーデン美味かったぞ〜』って。
それでお金貯めて、紀ノ国屋で買って食べたの。あの頃は紀ノ国屋でしか売ってなかったのよ。」
「お母さんはね、親戚のおうちで色々ご馳走になったりしてたし、お父さんとも一緒にご馳走になったこともあったけどね。
ゴローズでおいしいもの食べさせて貰うようになって、お母さん、『お父さんだけにご馳走食べさせててくれるところができてよかったなーっ』て思ったの。いいところだなーゴローズ、って」
んまーいんまいと父が言う。
母「お父さんは食べるのが大好きだからね」
私「そうだよね、コロナの間特養に毎日差し入れしてさ。大盛り麻婆丼にデザート、とか完食してたんだもん。」
母「特養のごはんがペースト食になって一度すごく痩せちゃったわよね」
私「そう、それで無理言って刻み食まで戻してもらって。コロナで会えなくて差し入れしか手段がないから、何とかして食べ物で刺激を与えようと思って、食べられそうなもの見つけてはあれこれ差し入れて。ダメ元で誕生日にショートケーキ差し入れた時は牛乳かけて柔らかくして出してくれたって。」
母「ずいぶん良くしてもらったわよね。」
私は父が何も食べられなくなった今でも、コンビニで、スーパーで、デパ地下で、「あ、これ柔らかそう。お父さん食べられそうだな!」と反射的に思ってしまう。
お父さんにおいしいものを、おいしいものを。

「天下市の時さ、終わった後みんなでベルにステーキ食べに行ったの、あれがすごく楽しみだった」
毎年11月の初めに国立のど真ん中の大通りで天下市というお祭りが開催される。
道の両脇には商店街の出店テントが並び、オープンから数年、両親の店も参加していた。
「ベルトやらキーホルダーやらズラーっと並べてね。お父さんが革の端切れを沢山作ってビニールにまとめたのを安く売ってね。飛ぶように売れた。人だかりが出来てね。モノがない時代だったからね、ちょっと珍しいもの、みんな買うのよ。こっちが楽しくやってるから、お客さんも楽しかったと思う」
母が懐かしそうに振り返る。
私は街一番のお祭りに両親の店が参加してるのが誇らしくて、天下市の日はランドセルを背負ったまま、ワクワクしながら友だちを連れてテントに直行した。
三日間の祭りが終わるとステーキハウス「ベル」でみんなでステーキを食べた。
玉ねぎとりんごとお醤油のソースがおいしくて、店の横の大きなワイン樽でセントバーナードを飼っていた。名前はベル。
ベルはきっと毎日ステーキ食べてるんだ、うらやましいなあ、と思っていた。
ベルのメニューは父が革で作ったものだった。
「天下市楽しかったわね。一生懸命働いて、美味しいもの食べて。生きてる証拠!みたいな。田中角栄の時代よね。世の中がどんどんどんどん上向いていって。感動したのよ。」
母が生き生きと語る。
「大変もうこんな時間!」
バタバタと帰り支度をする。
「お父さんまたあしたね。明日は天下市の続きからね」
「楽しかったね、楽しかったね」
笑いながら父の部屋を出た。
「なんか、ちょっと元気になったねお父さん」
「色々忘れちゃってるけど、若いってだけで楽しかったのね」


受付に面会札を返しながら母が
「ありがとうございました、楽しかったです〜」と満面の笑みを浮かべた。

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