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父記録 2023/4/27

4/27

晴れ。あたたかい。
母と病室に入ると父はベッドの上で腕を動かしていた。
点滴は外れ、鼻の管だけになった父は少しすっきりしていた。
ただ、目は合わない。
看護師さんがやってきて、「少し廊下でお話し出来ますか」と言った。

「今日は傾眠が多く、血圧が上がったり下がったりしています。意識レベルも少し下がっている気がします。パーキンソン病のご持病の影響もあると思うので判断がつきにくいのですが、もしかしたら急変もあるかもしれないので今夜は携帯を近くに置いてお休み頂けますか?」

母が「この人ね、若い時からずっと血圧低かったんだけど、パーキンソン病になってから上がったり下がったりするようになったの。
でも私たちが来て喋ってると30年くらい前、娘がまだ家にいた頃に戻ったみたいな気がするんじゃないかしら。ずっと聞いてて時々喋ったりして。元々あまり喋らない人だから」
と言うと看護師さんは
「おうちに戻られたような気がしてるのかもしれませんね」と言った。
そうだといいなと思った。

今日も病室で母は喋り通しだった。
父を挟んで喋る母と相槌を打つ私。
「ともちゃんが大学入って家を出て、お父さんすっかりしょぼくれちゃって、毎晩毎晩ボーっとしながらニヤオ(猫)をずーっとブラッシングしててね。お母さん、これはまずいなーと思ったの。犬でも飼わないと!って。犬はずっと飼いたかったけど、ニヤオに遠慮してたの。でも、ゴン(柴犬)とニヤオはうまくやってたわね。」

父が店をやりながら夜な夜なシルバージュエリーの勉強をしていたとか
一晩かけて作ったワックスのジュエリー原型をごんにバラバラに齧られたけど父は全然怒らなかった、とか
母が「屋上にバジルを沢山沢山置きたい」と言って、父が一生懸命苗を鉢に植え替えて屋上じゅうに並べたのに、ディド(2番目の犬)にめちゃくちゃにされた話とか
両親の親友、上田さんの高知のおうちに犬たち連れて遊びに行ったらディドが上田さんの鴨を追いかけ回して怒られた話。

母「お父さんとお母さんと上田さん、全然違うけど、心が、兄弟みたいだって思ってた。」 
私「お父さん、特養に差し入れ持って行くと自分の右隣に差し入れ置いて『上田にもあげて。』って言ってたよ。」
母「食えない時代を、拾った食パン食べたりインスタントラーメンがご馳走だった時代を一緒に過ごしたからね。」
私「インスタントラーメン半分に割って、小麦粉を水で練った団子入れてふやかしてかさ増しして食べたって言ってたよ」
母がころころと笑う。

母から聞く昔の話も、父から聞いた若い頃の話もキラキラキラキラしていて、貧しいけど活き活きとして希望に満ち溢れている。
私は面白い本を夢中で読んでいるみたいな気持ちになる。

北海道の貧しい家に生まれ、現代美術を志して上京した父と、東京の銀行員の娘だけどそこから飛び出したくてたまらなかった母の冒険譚。
「あ、お父さんに蜘蛛が!」母が声を上げた。ティッシュで掬い上げて見ると蜘蛛ではないが黄金虫をひとまわり小さくしたような虫だった。手を擦り合わせている。

殺すのは忍びなく、かと言って窓も開かないのでそのまま廊下に出てお掃除のおじさんに
「すみません、外に出したいんですけど…」と言うとおじさんはティッシュをそっと手のひらに乗せてベランダに走って行ってくださった。
やさしい世界。

普段ゴキブリやら、台所に出る虫やら、容赦なく殺す私なのに。矛盾。
父の命の火が消えそうに揺らぎながらまた燃えるのを目の当たりにして、改めて命を考える。ゴキブリは今後も容赦なく殺すだろうと思いながら。

「西日が好きなのよ」と母が言う。
「西日ってゆっくり変化するでしょう、朝日はこれから寝ようって時に強く差してくるでしょう?西日が好きなのよ。西日が見える家がいいの。」
両親は極度の夜型で、いつも朝日が昇る頃に寝ていた。一晩中、ふたりでお喋りしていた。
今は母と私がお喋りして、父が聴いている。
時々父がモゴモゴと何か言う。聞き取れないけど参加している。
何かを食べているみたいな仕草をする。

「早く回復してさ、少しでも食べられるようになるのよー」母が言った。
「お父さん、お母さんが作ったスパゲッティが一番おいしいって言ってたよ」
と言うと母は「勢いがあるからね!」と笑った。
父が急に「ハンバーガー」と言った。

タスクは溜まっているけれど、今はこの時間を過ごすことを、書き留めることを一番にしたい。

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