父記録 6/13


曇りときどき晴れ、それから雨。
昼過ぎ、病院から父が持ち直したとの連絡が入った。
肺の炎症はまだあり、予断は許さないものの血圧、熱、酸素濃度は良好とのこと。
少しホッとした気持ちで母と病院に向かう。
父は前日とは打って変わって、穏やかな顔をして眠っていた。
呼吸もスムーズで、胸が鳴ることもない。
今日は足を触ると暖かかった。

賢者のような顔をして静かに眠る父を眺めながら母が言った。
「お父さん、90年くらいから味が出て来たわね。腕とかセンスとか、生まれ持った顔だけじゃない、味。そういうのでお客さんは『あそこで何か作ってもらおう』ってなるのよね。」
父は味のある顔をして眠っている。
味、ってなんだろう。
積み重ねてきた色んな経験の栄養が消化されて、滲み出てくるのかな。

「お父さんがくまことディドを連れて長野の別荘に居た時、お父さん体調崩して病院行ったら肺炎で、緊急入院になっちゃって。
お母さん慌ててゴン連れて長野に行ったら、がらーんとした居間の隅にくまことディドが心細そうに寄り添っててね。
おっかしいのよ、ゴンはそんなこと知らないから『わあい、久しぶりー!』ってウキウキ、にこにこしてはしゃぎながら入って行ったらね、ディドがすごーく怒っちゃって。『なによ、お兄ちゃんたら何にも知らないではしゃいで!!あたしたちお父さんが急にいなくなっちゃって心細かったんだからー!!』って言ってるみたいだったわよ。真剣な顔してね。ディドって人間臭いとこがあって、面白かったわね。」
「ディドは感じやすい子だったから、お父さんとお母さんが喧嘩すると『喧嘩しないで〜』って間に入ってね。他の二匹はシラーっと見てるにね。一度なんか柵を飛び越えて駐車場を鳴きながら駆け回って帰って来たのよ。ま、あんまりそんな喧嘩なんてしなかったけど。」
…喧嘩はよくしてたよね…と思うがそこは突っ込まないでおく。

父のシーツ交換の間、廊下に出る。
曇り空の隙間から晴れ間が覗いていた。
渡り廊下のようなバルコニーで日光浴をしている車椅子の患者さんが見える。
看護師さんが二人付き添っている。
みんな微笑んでいる。
ガラス張りのバルコニーの両脇には色とりどりの花が植わっていて、うさぎの置物が花の間から顔を覗かせていた。
残り少ない時間を、あたたかく、優しく過ごすこと。

「お待たせしました、どうぞ〜。」
看護師さんの声がした。
父は真新しくパリッとしたシーツの上で気持ち良さそうに眠っていた。
「いいねえお父さん。気持ちいいね。」
窓の外ではまた雨が降り出していた。

(ディドの写真を後で貼ります。)

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