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「あたし」と「あなた」のaikoワールド

 aikoワールドは、「私」(稀に僕)と「あなた」、あるいは「君」の二人の関係でできている。
初恋も、幸せな日々も、お別れも、ぜんぶ。たくさんの恋をaikoは歌う。

「陽射しの強い日のまつげの影 少しかすれた声を触った 全てを包み込んだ僕の腕」/もっと
「雨が邪魔しても 乾いた指先に残る 唇の熱 流れた涙が冷やした」/キラキラ

「あなた」は、音や温度や匂い、熱など「あたし」の身体のあらゆる感覚から感じ取られている。「あたし」は触覚・嗅覚・味覚・視覚・聴覚 五感のすべてを尽くして「あなた」を感じている。「あたし」にとってはそれがすべてだ。
「あたし」にとって「あなた」との恋愛は「あなた」がいてくれさえすればよいことで、例えばクリスマスだとかイベントごとは必要ない。せいぜい四季があればいい、ってくらいかもしれない。aikoは理想の恋に「あなた」を当てはめることはしない。ただ、あなたのことがすき、という一心で恋している。
「あなた」がいれば、一瞬一瞬が特別な瞬間になり、現実は愛すべきものになる。

「もっと心躍る世界が 隣にあったとしても
あなたの乱れた髪に触れられるこの世界がいい」/milk

ここで、私の好きな作家、坂口安吾のエッセイ「恋愛論」から抜粋して紹介する。

「極端にいえば、あのような恋歌は、動物の本能の叫び、犬や猫がその愛情によって吠え鳴くことと同断で、それが言葉によって表現されているだけのことではないか。」(恋歌…万葉集、古今集の恋歌)

「恋をすれば、夜もねむれなくなる。別れたあとには死ぬほど苦しい。手紙を書かずにいられない。その手紙がどんなにうまく書かれたにしても、猫の鳴き声と所詮は同じこと」

安吾が「恋愛論」で述べていることを一部、簡単に要約すると、

 惚れたとか好きだとか愛しているとか、恋愛を表現する言葉はたくさんある。しかし、そういった言葉の差異を気にしすぎるのは雰囲気的過ぎて、あんまり意味がないと思う。なぜなら、すきだ、という感情に無数の差はあれども、それは、ただ、すきだ、ということでしかないからだ。
そして、すきだ、ということは、どんなにきれいな言葉でコーティングしても、突き詰めれば、性欲をも含む本能的な気持ちでしかない。

恋愛の本質を突かれた気がする。

 恋愛は、すきだ、という本能のレベルから始まる。そこから、すきだ、という気持ちの無数の差を、愛とか恋とか言葉に当てはめてみたり、クリスマスは一緒に過ごすとかデートはおごってくれるとか理想の物語に当てはめてみたりして、文化のレベルに進む。

 しかし、aikoはあまり文化のレベルに移動しようとしていないみたいだ。まず、aikoの書く歌詞の中では、「あたし」はすきだ、という気持ちに一切疑いをもたない。「あなた」のからだのこととか、「あなた」と一緒にいたときあたしが見たものや感じたものについて書かれていて、aikoにとってはそれらが全部全部、かけがえのない「あなた」との瞬間だ、ということなのだろう。
特別な物語はいらない、あなたがいればそれたけで十分。
どこまでも、あなたがすきだ、という気持ちでいっぱいみたいだ。

 aikoは綺麗で上品なラブソングを書かない。
aikoの歌の中で、あなたがすきだ、と想う気持ちには空恐ろしいものがある。綺麗で上品、とはかけ離れた、可愛げはあるけど、強くて重い気持ちだ。

「あなたとあたしは恋人なのよ その八重歯もこの親指も 全部2人のものだってこと」/ロージー

aikoにとって恋人である、ということは相手の身体を所有し合うことでもあるのか。

「心に育った不安を食べてよ 優しく愛す」/微熱

自分の一部を食べさせる、って、なんてぬるくてどろどろしているんだ!「あたし」の不安を「あなた」が食べて、飲み込んで、消化したら、最後には「あたし」の嫌な部分までもが「あなた」の血肉になる。そうして「あなた」と永遠に生きていく。

 aikoは、どこまでもリアルな感覚を、なるべくそのまま、赤裸々に、詞に落とし込んでいる。生感がすごい。恋したときの、気持ちとからだがぴたりとリンクした歌詞には、よく気づいたなとその鋭い視点にほれぼれしてしまう。
安吾の言う通り、恋愛は言葉というより身体、感覚の占める要素が大きいとすると、それってなかなかすごいことなのではないだろうか。

「あなたにもう逢えないと思うと
体を脱いでしまいたいほど苦しくて悲しい」
「間違いを引き返せない 目の奥まで苦い」
「一緒にいるとき髪の毛とか すごい気にしていたのに 恋が終わった」/青空※2020/2/26リリース・最新シングル

「あなた」と出会って、「あたし」はどうなる、という変化が細かく描写されている。
私は「体を脱いでしまいたい」なんて思いつかなかったけど、たぶん、恋しくてたまらないという気持ちは、体を脱いでしまいたくなるんだろう。
言葉で表せない気持ちをぴたりと言い当てられてしまったみたいだ。

今日(2020/4/13)、spotifyのプレイリスト 日本トップ50 にaikoの「カブトムシ」がランクインしていた。
たくさんの人がaikoを聴いて、愛している。
aikoを聴いているそれぞれが、すきだ、という気持ちを心の中に宿したことがあるのだろう。aikoはその気持ちを、心の奥底の本能から揺さぶってくる。
だから、私たちはaikoに共感して、長く愛し続けているに違いない。

#aiko #aikoサブスク解禁 #音楽文 #坂口安吾

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