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チャイナブルーと青い夜

・ディタ 30ml
・ブルーキュラソー 10ml
・グレープフルーツジュース 45ml

をシェークするとチャイナブルーというカクテルができる。

僕がこのカクテルを知ったのは初めてBARに行った時で、同席していた女性が飲んでいたからだ。
当時僕は(そういえばこのnoteで一人称を僕にするのは初めてな気がするが、今回の内容に相応しいのでそのままでいこうと思う)22歳のフリーターだった。

千葉県柏市の居酒屋でアルバイトをしていたのだが、とにかく時間を持て余していた。
バイトが終われば飲みに出かけ昼過ぎまで寝て、夕方からまたバイトに行くそんな生活だった。
そのうち飲むためにアルバイトをしているのか分からなくなり、昼間も働こうと掛け持ちを始めた。

昼間の仕事はカラオケにした。何となく楽そうだという単純な動機であった。
この店も柏で見つけ、夕方までのシフトにした。
僕が初めてBARに行ったのは、このカラオケ店の女性とである。


カラオケ店の業務は想像した通り、あまり難しいものではなかった。
昼番のメンバーは4人いて、彼女は僕と同じフリーターで、僕より二つ年上だった。

黒い髪が長くて綺麗な人だった。
落ち着いていて大人っぽくて、お姉さんって感じがした。

僕は彼女と2人シフトになる日を楽しみにしていたし、その度にドキドキしていた。
彼女は僕を『くん付け』で呼んで、そんなところもお姉さんっぽかった。

ある日彼女と2人シフトの時に「バラクーダくんは居酒屋でもバイトしてるんだよね?料理してるの?」と話しかけてきた。

「ええ、一応料理してますけど」と言うと、
「すごいね、料理出来る男はかっこいいよ」と返した。
「いや、でもまだまだですよ」と答えたが、実際のところ、本当にまだまだだった。

    


居酒屋と言っても当時僕は焼き鳥の持ち場で、永遠に焼き鳥ばかり焼いていた。
いっぺんに2つ以上のことを効率よくやるのが苦手で、他の持ち場の煮物や揚げ物はおろかサラダ一つ作ったことがなかった(やらせてもらえなかった)

とはいえこの時の「料理出来る男はかっこいいよ」は、いまだに心に残っている。
あれから料理を続けてきたのはこの一言が原因ではもちろんないが、おかげで僕はあの頃よりは料理が上手くなった(はずだ)


その日、彼女は黒のワンピースに黄土色に近い黄色のカーディガンを羽織っていた。
自分でもよく覚えているなと気持ち悪くなるが、とにかく大人っぽくて綺麗だった。

いざ2人で飲みに行こうとなっても、僕はいわゆるチェーン店の安い居酒屋しか知らなかったので「駅前の白木屋でいいですかね?」と聞いた。

今の僕ならリサーチもするし、プレゼンだって出来る。でも当時の僕ならしょうがない、なぜならそういうところしか知らなかったのだから。
すると彼女は「いいよ、行こう」と言ってくれた。

とはいえ当時の居酒屋は流行っていたし活気もあった。
その日もオープン直後から席は埋まり出して、僕らはテーブル席に通された。
正直、そこで何を話したかまでは覚えていない。たぶん緊張とカッコつけで口数は少なかったであろうし、彼女からの質問や話題に答えていただけだと思う。

それでも見慣れたこの店で、周りは学生たちが馬鹿騒ぎしてる中、僕はこんなにも綺麗なお姉さんと2人で飲んでいるんだという優越感があった。

店を出て、僕はもちろんもっと居たかったけど、
「じゃあ帰りますか」と言いかける前に彼女の方から
「もう一軒飲み直さない?行きたい店があるんだ」と打診があった。
二つ返事で「いいですよ」と答えると、
「行ってみたいBARがあるんだ」と言った。

こうして僕の初めてのBARは、この日の夜に行われた。



柏にある『619』というBARは今も現存している。
たぶんその意味でも柏では一番古いBARではないだろうか。
彼女はその店に行ってみたいと言った。居酒屋チェーン店しか知らなかった僕は、もちろんBARなんて初めてだったが行くしかないと思った。

年上の女性と2人でいること、BARという場所に初めて行くこと。
二つが相まって緊張とドキドキしかなかったが、実際に着いたBARはそれ以上に大人の世界だった。

カウンターに通されると、背筋の伸びたバーテンダーさんが立っている。
僕らがカラオケで着ている制服より、もっとフォーマルな格好であった。

メニュー表が置いてあったので目を通す。
聞いたことがある名前がちらほらあるぐらいで、残りはなんだか分からない単語が並んでいた。
正直、何を頼んでいいのかも分からない。
ただ、オロオロしている姿を店員にも彼女にも悟られたくなかったので、知った風な素振りでメニューを眺めていた。

すると彼女は「私、チャイナブルーで」と、メニューも見ずに言った。
それが格好良かった。大人な女性だと思った。
決めかねている僕を察してバーテンダーさんが「さっぱりした感じなら、ロングカクテルがおすすめですよ」と僕に促した。
それも僕が恥をかかないように丁寧な口調で。
それで結局僕が何にしたかは覚えていない、おすすめのカクテルにしたのだろう。

注文を受け僕のカクテルを作り出したが、グラスにお酒を入れてかき混ぜて出来上がった。今なら分かるがビルドタイプのロングカクテルだ。
一方彼女のお酒はBARのイメージ通りのシェークスタイルだった。それもカクテルグラスではなくフルート型のシャンパングラスに注いでいた。

彼女のお酒は青くて綺麗だった。
かき氷のブルーハワイぐらい青くて、こんなお酒があるのかと感動した。
そして、そんな僕の知らないお酒をスマートに注文して上品に飲む彼女が本当に大人に見えた。
その後、もう一杯ずつおかわりをして店を出たと思うが、僕も彼女も何を頼んだかは覚えていない。最初のチャイナブルーのインパクトと、その場の雰囲気に呑まれてしまったんだろう。

店を出てその日は解散した。
結論から言うとその後2人で飲みに行くことはなかった。
僕が就職のためアルバイトを辞める時の送別会で会ったのが最後だ。
僕から告白することもなかったし、彼女から飲みの誘いもなかった。

就職してからも僕は相変わらずだったが、BARに飲みに行くこともあった。
それなりにカクテルの種類は覚えたし、海外に行くとその国でマティーニの飲み比べをしたりした。
結局は東京のマティーニが一番美味しいと結論だったが、カンボジアのシェムリアップで飲んだモヒートは美味しかった。
とはいえ普段カクテルはあまり飲まないし、チャイナブルーはまだ飲んだことがない。

なんとなくチャイナブルーというのは、あのお姉さんのもので大人の女性の代名詞だったのだ。
入っているものからその味は想像出来るが、いざ飲んでみてこんなものかと思うのが嫌だった。魔法が解けてしまうのが怖いと言うと言い過ぎだし、そんなつもりでもないのだけれど。

今のお店ではカクテルも提供している。それこそ一般的なものだけだが、道具とお酒はそろっているのでこの前チャイナブルーを作ってみた。

原料を入れてシェークしてみる。お酒が冷えて指先に伝わってきた。
しかし、あまり振ってはいけない。氷が溶けて水っぽくなってしまうから。
シャンパングラスにそれを注いだ。ブルーキュラソーが足りなかったのか、少し水色っぽい青だ。
あの日のチャイナブルーは、もっと青かった気がする。
恐る恐る、初めてそれを飲んでみる。

さっぱりとしていて、甘酸っぱい味がした。

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