見出し画像

【フードエッセイ】得意料理は?と訊かれたら。

 長年、調理の仕事に就いていたせいか「得意料理は何ですか?」という質問をたまに受けることがある。その度に「色々と作ってきたけど、これが得意というのは特にないかな」とお茶を濁して特定の料理を答えた記憶はない。
 それでも人によっては「その中でも自信のある料理はあるでしょ?」と食い下がってくる。そんな人には何か料理の一つでも答えれば満足してくれるのだろうと思うのだが、それでも「自信を持ってこれだと言える料理はないかな……」と答えてきたし、半分は本心でもあった。

 質問者側に深い意図はないだろうし、世間話の一環なのだろう。なにかしら料理名を答えた方が会話としてもスムーズだということは分かっている。それでも未だにこの質問には構えてしまう。

 同じレイヤーで「好きな女性のタイプは?」という質問がある。こちらの方はあまりもったいつけずに答えるようにしているのだが、好みというのも一貫性がある部分と変化がある部分というのがあり、例えば「おっとりとした人がタイプ」と答えたけど、実は「気の強い人」も好きだなーと思うことがある。そうなると、自分は自分の好きなタイプですら把握していない(言語化できない)のだなと軽く落ち込む。
 まぁ、この手の質問にそこまで自分と向き合うことは求められてなくて、適当に答えていればいいものだし、私も私で自意識過剰なところがあると思う。

 料理に話を戻し、私がなぜ得意料理を答えられないかと考えるとやはり『自信がない』というのが大きい。どんな料理でも自分より上手に作る人がいることを知っているからだ。それを謙虚とも呼べなくはないが、自信のなさの裏返しとも言える。
 こんなこと自分で言うことではないのだが、私は自己評価が低い。基本的に自信を持たずに生きている。まぁ、これは性格的なものもあり、すぐにどうこうできるものではないのだが、料理人として考えたら致命的だなと思う。
 私がお客さんでも、自信なさそうに出される料理より「これ美味しいんで食べてください!」と自信満々に出される料理を食べたい。なるほど、だから私は料理人として三流なのかと書いていて気がついたし、書いていて悲しくなった。

 たしかに「看板料理」を謳うお店があったり、シェフには「スペシャリテ」と呼ばれる料理があったり、それを目当てにお客さんが集まるお店は強い。
 そこまでの主張ではないにしても、得意料理というのはあった方がいい。ひとつは例の質問に答えるため、もうひとつは「これが得意だ」と言い切ることで自己肯定感を上げるために。
 なので、この機会に自分の得意料理を決めることにした。

 さて、自分のキャリアを振り返ってみると和食屋の経験が一番長い。なので、玉子焼きからおせち料理まで、ある程度の日本料理は作ってきたと思う。


徹夜で盛り付けたおせち料理


 その中で何が得意だったかと考えてみたが、やはり思いつかない。刺身やお造りも作ってきたが、自分より早くて綺麗な板前はいくらでもいたし、色々と教えてもらった料理長を未だに超えたとは思っていない。

 たぶん、この考え方はよくないのだろう。自分より上とかではなく、もっと単純に自分が作って楽しかった料理とか思い出の料理で考えるべきだ。
 そう考えると、『天ぷら』は数多く揚げてるうちに温度計がなくても温度の感覚が分かるようになり、成長を感じ嬉しかった。『百合根饅頭』は十二月の一番忙しい時期に献立に入ってたことがあって、仕込みが間に合わずよくお店に残って仕込みをしていた。甘味も最初は勝手がわからず苦労したが、一から(小豆から)『栗羊羹』を作れた時には感動があった。

 苦労したことばかりを思い出すが、今となっては思いでの料理たちだ。苦労した分、身体には染み付いているし今でも作れるだろう。この中から得意料理を決めてもいい。
 少しだけ気がかりなのは、この修行時代の日本料理はお店のレシピであったり料理長のレシピであるということだ。誰のレシピであれ、それを自分が作れることに変わりはないのだが「スペシャリテ」と呼べるほどの自分らしさとかオリジナリティに欠ける気がする。

 その視点で考えると、イタリア料理店時代は自分でメニューを考えていたこともあり色々と研究をした。特にパスタは試行錯誤して、自分なりの作り方というのを確立できた気がする。

渡り蟹のトマトパスタ


 お店で出したパスタで手ごたえを感じたのは『根菜のボロネーゼ』だ。残念ながら写真はないのだが、ひき肉の変わりに根菜(蓮根、牛蒡、人参)を使ったボロネーゼは評判も良かった。

 家では作れないような食材も扱えたのはいい経験だった。

フォアグラのポワレ(ポートワインソース)


イベリコ豚の骨付きステーキ


 こうして軽く振り返ってみただけでも、色々と作ってきたのだなと我ながら思う。その中から得意料理を決めてもいいのだが、「得意料理は?」と訊かれて「仔羊のグリル」とか「飛龍頭」なんて答えるのは何だかしゃらくさい感じもする(自意識過剰かな)

 う〜ん、これだけ頑張っても自分の得意料理が決められない。このままでは今まで通り「得意料理は特にないかな……」とモゴモゴ答える羽目になってしまう。
 でもそんな優柔不断なところや、頼りない感じが何だか自分らしい気もしてきた。


この記事が参加している募集

最後まで読んでくださりありがとうございます。サポートいただいたお気持ちは、今後の創作活動の糧にさせていただきます。