なぜ江戸スタイルのお蕎麦屋さんにはキツネそばがないのか

僕、飲食店に入るとメニューを見るのがすごく好きなんですね。

「ああ、これをセットにするとすごくお得なように見せかけて、実はこれで儲かるようになってるんだなあ」とか

「あれ、この料理だけ他と比べて高い。そうか、ここは冷凍のを使ってないから原価が高いんだ」とか

色々とお店の事情みたいなのを推理するのが大好きなんです。

ところで、ここ数年はどんな街に行っても「お蕎麦屋さん」に入るのですが、お蕎麦屋さんってだいたい下のパターンに分かれるんです。

A.親子丼やカレー南蛮もあって、出前とかもやっているどの街にもある昔ながらのお店

B.もうすごく大昔から営業していて、文豪が来てたりした老舗

C.比較的最近のお店で、ご主人がすごくこだわりでその日の状態にあわせて手打ちそばをつくったりする純文学系

D.にしん蕎麦がある京都系

E.駅や繁華街にある立ち食い蕎麦

もちろん、上のAとDが重なっている場合もあるし、BとCが重なっている場合もあるし、完璧には分けられないのですが、まあだいたいこの5タイプなんです。

それである日、気がついたのが、AとBとCのお店に「きつね蕎麦」がメニューにないんです(Aにある場合はあります)。

要するに「伝統的な昔ながらのお江戸スタイルの美意識を持っているお蕎麦屋さん」には「きつね蕎麦」がないんです。

これ、普通に考えてみて、昔、例えば江戸時代や明治時代とかには「きつね蕎麦」というメニューが関東には存在しなかったんだと思うんです。

関西には「きつねうどん」というものが存在しますよね。

その関西式のメニューであるきつねうどんが関東でも食べられるようになって、「じゃあ蕎麦にものせちゃえば」って形で、そんなに「お江戸スタイルの美学」にこだわらないお店を中心に、ある日「きつね蕎麦」が生まれたんだと想像するんですね。

でも、どうして江戸っ子が、あの「油揚げを甘辛く煮たモノ」を、お蕎麦の上にのせようと思いつかなかったのか、あるいはのせようとしなかったのか、それが不思議ですよね。

それが僕の長い間の疑問だったんですね。

ちなみにこういう疑問って、検索すればすぐにわかる可能性もあるし、図書館に行って、蕎麦について書かれた本を数冊読めばたぶんわかるんです。

でもですね、こういうのを自分の今まで知っている知識を総動員して「推理」するのが楽しいんです。

で、もしかして、油揚げを甘辛く煮た食材じたいが、明治以降の結構最近に発明されたものなのかもしれないって想像したんです。

要するに「いなり寿司」っていうものが江戸時代には存在しなかったのではないかって発想です。

で、関西で「油揚げの甘辛煮」が明治頃に発明されて、うどんの上にものせられて、それが昭和になって東京に輸入されたっていう「仮説」を思いついたんです。

でも、たぶん違いますよね。おいなりさん、江戸時代にもあったような感じがします(これこそネットで検索すればわかるのですが、あえてしないのがポイントです)。

 ※

それで、妻に「どうしてだと思う? どうして江戸っ子はお蕎麦の上に油揚げの甘辛煮をのせることを思いつかなかったんだろう?」って質問してみたんですね。

そしたらこう答えました。

「昔からやっているお蕎麦屋さんって、お汁がすごく甘いじゃない。だからその上にさらに甘い具材をのせるのが、ちょっと濃すぎって感じたんじゃないかなあ。

関西のお汁って出汁がきいてて薄くて甘くないじゃない。だから関西では油揚げの甘辛煮とかニシンの甘露煮とかをのせたんじゃないかな」

これ、なかなかいいところをついていますよね。

確かに、上のAとBのタイプのお店ってお汁が甘いんです。それにさらに甘いのをのせると、たぶん「粋」じゃないって感じたのではないでしょうか。

そういう風に推理したのですが、もちろん全然違う可能性はありまして。

でもそういう風に、現在の残されたメニューの情報だけで、過去の風習を推理、想像するのって楽しいんですよねえ。

#コラム

お酒やバーについての僕の本です。『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』 https://goo.gl/QGdp48

bar bossaに行ってみたいと思ってくれている方に「bar bossaってこんなお店です」という文章を書きました。→ https://note.mu/bar_bossa/n/n1fd988c2dfeb

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