女優との恋

土曜日の夜、長野さんがbar bossaに来店してこんな話を始めた。

「高校の時、クラスに女優やっている女の子がいたんです。中学の頃からちょこちょこテレビのドラマとかは出てたんですけど、高校になってからは映画で主役とかもやりはじめてて。

でも、高校だけは出ろって親に言われてたみたいで、出席数ギリギリで時々学校には来てたんですね。

そしたらやっぱりすごく可愛いんです。

で、僕、絶対にそんなの無理だってわかってるんですけど、すごく好きになっちゃって。彼女が学校に来たら、会えたらもうそれだけで嬉しくて嬉しくて。

そんなの絶対にナシってわかってたんですけど、何か魔が差したのか、帰りの廊下で「あの、お願いがあります。メールアドレスを教えてください」って言っちゃったんです。

そしたら彼女、「いいよ」って笑いながら言ってくれて、その場でメールアドレスを交換したんです。

他の生徒たちも周りで見てたみたいで、あっと言う間に話題になったんですけど、当然ですが、僕なんてちょっとした気晴らしだろうって言われてました。

だって、撮影所にはすごい売れているジャニーズの男とかがいっぱいいるんです。僕なんてありえないですよね。

でもそんなの関係ないぞと思い、すぐにメールしました。若いって何にも見えてなくてある意味すごいです。

たぶん本当の友達みたいなのが全然いなくて寂しかったんだと思います。すぐにメールで仲良くなりました。

学校のことがとにかく話題になりました。どの男子が一番モテるかとか、あの女子は付き合っている年上の男子がいるとか、イジメられている生徒がいるけどみんなで助けた話とか、いろんなことを教えました。

彼女も仕事の悩みとか演技のこととかいろんなことをメールで教えてくれました。たぶんそんな話を出来る友達が一人もいなかったんだと思います。

それで半年くらいずっとメールのやり取りをしてて、彼女の誕生日が今度の日曜日だということがわかりました。

それで僕、おもいきって【一緒にディズニーランドに行かない?】ってメールしたんです。

そしたら彼女も【いいね。私、ディズニーランド行ったことないんだ。行こう行こう!】って戻ってきました。

もう彼女とのデートって言うだけで僕の気持ちは最高潮でした。帽子とサングラスとマスクで隠せば大丈夫だよとかそんなことをメールでずっと相談しました。

そしてディズニーランドの前日、土曜日の朝、僕の自宅にスーツの男性二人組が来て、『長野くんですね。ご両親と一緒に女優の一条かおりのことをお話出来ませんか』と言いました。

話はこうでした。彼女の携帯電話はずっと事務所の人がチェックしていて、友達なら良いかなと思ってたらしいんです。でもデートとなると大きい映画の前にスキャンダルは困るということらしいんです。

もう一条かおりには何億円も動いているし、事務所としてもこれからのCM出演や活動のことを考えたら、とにかく困ると。彼女のおかげで、小さい事務所のたくさんの人たちの給料が出ていて、それでその人たちの家族も養っているなんてことも聞かされました。

友達のままでいてもらうのは全然構わないんだけど、彼女が22歳くらいまでは一切のスキャンダルはナシでいてほしいから、ここは本当に申し訳ないんだけど、ディズニーランドは何か用事が出来たことにして、断ってくれないだろうかって土下座をして頼まれました。

もう一条かおりが成功するかどうかで小さい事務所の運命がかかっているそうなんです。

それで、その場で断りのメールしました。

彼女はすごく楽しみにしてたみたいなのですが、あきらめてくれて。そして、それから彼女はドンドン忙しくなって、僕も受験勉強が始まって、そしてメールは途絶えました」

「なるほど。芸能界ってそんな感じなんですね。でも一条かおりって恋多き女で有名ですよね。それからは一切連絡はとってないんですか?」

「そうなんです。それがこの間、彼女のインタビューを読んでいたら、こう答えていたんです。林さん、これ読んでもらえますか?

『私、高校の時にすごい失恋をしたんです。すごく好きな男子がクラスにいて。私、もしかして両思いなのかな。もう女優なんてやめて、この人と結婚しようかなってずっと思っていたんです。本当に好きで好きで、学校はもう単位足りてるのに、撮影の方をさぼって、彼に会いたいから学校に行ってたんです。

それで初めてのデートをしようって話になって、私の誕生日にディズニーランドに行くことになったんです。もう本当に嬉しくて嬉しくて。ああ、どこかでキスとかされたらどうしよう。この服で良いかなあ。そう言えば彼の私服って見たことないなあ。どんな格好で来るんだろうってずっと考えていたら、前の日に突然、【風邪をひいたから行けない】って一言だけメールが来て、その後、すごく冷たくなって。

私、何かしちゃったんだろうなあ。何か変なこと言っちゃったのかなあとかいろんなことを悩みました。でも理由はわからないんです。そして私の初めての恋は終わりって思って、お仕事がんばろうって思ったんです』」

「そうですかあ。切ないですね」

「それで、もしかしてメールアドレス変わってないかもって思って、おもいきって彼女にこういうメールしてみたんです。【久しぶりです。長野です。インタビュー読みました。話したいことがたくさんあります。もし良ければ今度どこかでお茶でもいかがですか?】」

「どうでしたか?」

「【お茶なんて行けません】って一言だけ戻ってきました。

それで【そうですよね。なんか高校生の時の気持ちでメールしちゃいました。すいません。今はホントすごい女優になりましたね。今でもずっと一条さんの映画やドラマ観てます。これからも応援しているから頑張っくださいね】って返しました。

そしたらこんなメールが戻ってきました。

【お茶なんてイヤです。ディズニーランドに行きましょう。長野くんとじゃなきゃ行かないって決めて、私まだディズニーランド行ったことないんです。でもこのメールアドレス、いつか長野くんからメールが来るかもって思って変えなくて良かったです】」

「ディズニーランドはいつなんですか?」

「明日です。日曜日です」

そういうと長野さんはロワールのカベルネ・フランをぐっと飲み干した。

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