不器用な本田くんの恋

bar bossaにぽっちゃりした優しい笑顔の女性が来店して、こんな話を始めた。

「本田くん、とにかく不器用なんです。

私、中学からずっと同級生で、例えば、走り方が変なんです。先生には『もっとリラックスして走ってみれば』と言われたそうなのですが、本人はリラックスを意識して一生懸命になればなるほど足がからまってしまうんです。運動会のリレーの時なんて、本田くんの走り方を見てみんな大爆笑するんです。

でも、本田くん、いつも誠実で真摯だから私、ずっと好きだったんです。

でも私、ご覧のようにこんなにブスだから、本田くんに好きなんて言うと困るだろうなって、ずっと心の奥にしまっていました。

高校の時に仲の良い女の子がいて、その女の子と『誰が好きか』って話をしてたんです。それでおもいきって本田くんのことを言ったら、彼女が笑っちゃって、そしてみんなに言いふらしちゃったんです。

たぶんブスな私が不器用な本田くんを好きって言うのがおかしかったんでしょうね。その噂は学校中に広がりました。

そしてある日、マンガが上手い男子が黒板に私と本田くんがセックスをしているマンガを描いていたんです。『ホンダ、やっぱり腰の動かしたが下手』とか『ホンダ、ナカガワがブスすぎてイケない』って内容のマンガでした。

すると、その日の昼休みに、本田くんが放送室に立てこもって、全校中にこんなことを話始めたんです。

『3年3組の本田武です。

今日、黒板に僕と中川さんがセックスをしているマンガを描かれました。

僕はセックスをまだしたことがないのですが、たぶんそんなに上手じゃないと思います。僕はどうも本気になればなるほど身体に力が入っちゃって上手く動けないんです。

でも、中川さんがブスでイケないっていうのには本当に腹が立ちました。これだけは訂正しなきゃと思いました。

僕は中川さんのことが、中学の時からずっとずっと好きでした。でも僕みたいな男に好かれたらイヤだろうなと思ってずっと告白はしないでいました。

そして中川さんのことを想像していつもオナニーしています。だから中川さんでイケないなんて大嘘つきです。中川さんは笑うととても可愛くて優しくて良い香りがします。

今みたいにオナニーをしていたなんて言ったら、僕のことを嫌いになるかもしれません。でも、男はみんな好きな女の子のことを想像してオナニーしているんです。そして僕はいつも中川さんのことを想像しています。

そして今日のマンガを見て、すごく腹が立ったので、そこのところだけは訂正しなきゃいけないと思って、放送室に立てこもりました。

僕は中川さんが大好きです。以上でした!』

本田くん、本当に不器用なんです。もうみんなにからかわれるのわかっているのに、そういうことを言っちゃうんです。

その放送を聞いて、もちろんみんな大爆笑で、さっそくマンガの上手い男子が、本田くんがオナニーをしているマンガを描き始めました。『ナカガワさん、愛しているよ』って言っているマンガでみんな大笑いでした。

そしてその男子が大満足で自分の席に戻ると、いつもバカなことばっかり言っている男子が立ち上がって、黒板にこう書き始めました。

『ホンダ、カッコいいぞ。俺だって好きな女の子を想像していつもオナニーしている。たぶん他の男だってみんなそうだ。でも俺は好きな女の子に告白なんて出来ないけど、ホンダは今日みんなの前で告白した。俺はホンダ、カッコいいと思う』

いつもふざけていた男子がそんなことを書いたので、一瞬、教室は凍り付きました。

すると今度は私のことを言いふらした女の子が立ち上がって黒板にこう書きました。

『中川さん、みんなに言っちゃってごめんね。でも両思いだったんだね。良かったね。私も本田くん、カッコいいと思った。羨ましいです。幸せになってね』

その彼女が書いたのをきっかけに教室中のみんなが立ち上がって、黒板に向かいました。

みんなが『ホンダ、かっこいい』『ホンダ、オマエは男の中の男だ』『中川さん、良い匂いがして可愛いぞ』『中川さん、私も好きな男の子に想像されてオナニーしてもらいたい。なーんて。キャー!』『中川さん、本田くんずっとずっとお幸せに』『二人の結婚式は呼んでね』『二人の子供はきっと良い子だと思うな』『お幸せに』というエールを書き始め、黒板はいっぱいになりました」

「すごい事件ですね。で、どうなったんですか?」

「本田くん、教室に戻ってきて、その黒板を見て泣き出しちゃいました。そして本田くん、マジメなんです。私に『結婚を前提にお付き合いしてください』って高校生なのに言っちゃって。そしてお互いの両親に会って熱く熱く説明して婚約しました。で、高校卒業の次の日に結婚式を挙げました」

「そうですか。それはそれはおめでとうございました」

「この話、息子と娘が大きくなったら話そうと思っているのですが、どういうリアクションをするかなって今から楽しみなんです」

そういうと彼女はスペインのカベルネ・ソーヴィニヨンを飲みほした。

#小説 #超短編小説

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