バット・ノット・フォー・ミー
毎朝、8時35分渋谷発の銀座線の前から2両目に乗る女の子がいる。
彼女がどんな日でも必ずその電車の2両目に乗るって気がついてから、僕も必ずその電車の2両目に乗るって決めてしまった。
年齢は25、6歳くらいだろうか。身長は165センチくらい、髪型は基本はボブで前髪があったりなかったりする。
服はジーンズにTシャツにスニーカーの時もあるし、たまに花柄のワンピースなんて時もある。
お化粧や鞄や靴がいつも凝っているからアパレル関係なのかもしれないし、広告やメディア関係なのかもしれない。
そして彼女は渋谷のすぐ次の表参道で降りてしまう。
僕は毎朝、その2分くらいの間、彼女にバレないようにいつも「可愛いなあ」と思いながら、こっそり眺めるのが習慣だ。
でも僕は今36歳で、結婚して子供もいるから彼女に声なんてかけない。
僕はこっそりと今日の彼女を見て、それだけで満足だ。
でも、いつか、彼女とどこかで偶然出会ったら声をかけてみようかなって想像してみたりする。
例えば、僕が渋谷のどこかの居酒屋で同僚と飲んでいて、彼女が偶然隣のテーブルに友達と座ったら、「あれ? 毎朝、銀座線に乗っていますよね」なんて酔った勢いで自然に声をかけても大丈夫な感じはする。
そしたら彼女の方も「あ、私もどこかで会ったことがある男性だなって思ってたら、そうですよね。いつも銀座線に乗ってますよね」って笑って答えてくれたりしたら最高だ。
別に彼女と付き合いたいとかそんなことは思わないけど、でもそんな感じでちょっとだけお話しして、次の日の朝に、ちょっと目だけ合わせて「どうも」なんて感じになりたい。
※
そして先日の金曜の朝、彼女がいつものように8時35分の銀座線に乗り込んできた。
服装もお化粧も髪型も明らかにいつもより念入りですごく可愛い。
あ、そうか。今日は金曜日だから彼女たぶん仕事の後でデートがあるんだと僕は気づいた。
彼女は鞄からiPhoneを取り出すと、急いで画面をチェックした。そして画面を見て、とびきり可愛い笑顔を見せた。
そしてずっとニコニコしながら、何かを打ち込んで送信した。そして銀座線の窓にうつる自分の姿を見て、前髪を直して、ニコッと可愛い笑顔を作って、そして大きなため息をついた。
そのため息は恋をしている女の子のため息だった。
そしてその笑顔とため息はもちろん僕のためのものではなかった。僕は結婚していて子供もいる。そして、彼女の笑顔は今日の東京で一番輝いてた。
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この記事は投げ銭制です。この後、オマケでこの小説を書いた経緯をすごく短く書いています。
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