近藤さんの一方的な恋

近所の渋谷区役所で働いている近藤さんが来店して、こんな話を始めた。

「僕、仕事で知り合った沢木さんっていう女性のことをすごく好きになってしまったんです。

最初に名刺は交換したので、いつでもメールは出来るのですが、仕事上ではメールは必要のない間柄でして。

まず彼氏がいるのかどうか知りたいと思って、彼女の名前を検索したらFBにいたんです。

彼女の投稿は非公開だったんですけど、友達は公開していたから、その友達を全部チェックしました。

FBってやり取りが一番多い順番で表示されるって聞いたから、この男は怪しいなとか、この男の名前を検索してみようとか、色々と彼女の周辺を全部チェックしてたら、彼女のインスタグラムを見つけちゃったんです。名前はちょっとだけ彼女の本名が入ってて、確実に沢木さんなんです。

それからは彼女のインスタを見るのが僕の日課で。僕、本当にストーカーですよね。

林さん、僕のルックスとか雰囲気とかどう思いますか? どう見てもモテそうじゃないですよね。大学の時にちょっとだけ付き合いそうになった女性が一人いて、その後ずっと女性とデートみたいなことって全然ないんです。

だから、どうやって彼女を誘ったら良いのかわからなくて、まずFBの友達申請かなと思ったのですが、仕事の相手だし、それは違うなと思って。

この間、彼女と11時半に仕事が終わったから、すごく勇気を出して、すごく何でもないフリをして『この後、お昼ご飯でもどうですか?』って言ってみたんです。

そしたら彼女、『ごめんなさい。とりあえず会社に戻ってこの件を報告しなきゃいけないんです』って答えたんです。

その日はもう仕事に手がつかなくて、ずっと彼女のインスタを何度も何度も開いて、何かアップしないかなお昼ご飯の写真が12時前にあがったら落ち込むなとか、『仕事の付き合いで変な男に誘われた』とかってコメント欄に書かないかなとか、色々ともう頭の中は彼女の行動のことだらけなんです。

それで、もうとにかく彼女のFBの投稿が見たいと思って、真夜中におもいきって彼女に友達申請をしてしまったんです。

次の日、一日中、FBを眺めてたんですけど、彼女からの返事はなくて、『これはやめよう』と思って、友達申請を引き下げました。

そして次の日、また午前中に彼女と仕事をしたのですが、全く彼女はいつもと同じなんです。『ああ、たぶんFBは見てないんだなあ』と自分に言い聞かせたのですが、わからないんです。

林さん、どう思いますか?」

「うーん、わからないですねえ。本当に彼女、全く何にもFBを見てないだけかもしれないし、近藤さんをただの仕事相手だと思っているだけのような気もしますし」

「僕の彼女への恋心ってバレてないですかね」

「勘がいい女性はそういうのわかってて、仕事だからコジレないようにしようって思っているかもしれないですね」

「林さん、正直に言ってください。僕、キモいですか?」

「気持ち悪くはないですよ。でも、そのストーカー感覚は女性って怖いんですよね。モテる女の子ってストーカーっぽいことって一度はされているから、構えられているかもしれないですね」

「うわー、やっぱりFBの友達申請がダメでしたかね」

「全くそんなの見てないかもしれないですしね」

「林さん、僕、どうすれば良いと思いますか?」

「あたってくだけろ、です」

「あたってくだけた方が良いですか…」

「ええ。好きって言っちゃえば良いんです。僕を彼女だと思って試しに言ってみてください」

「わかりました。じゃあ言いますね。

『あの、僕、仕事の関係だからこういうことは言わない方が良いとわかっているんですけど、僕なんてすごく地味な仕事をしているし、カッコ悪いし、沢木さんみたいなお洒落な生活なんてしてないし、でも僕、沢木さんのことが好きなんです。頭の中が沢木さんのことでいっぱいなんです。インスタとか全部チェックしてます。もうストーカーです。

でも、もちろん付き合ってとかデートしてとかそんな贅沢なことは言いません。あの、この今の仕事のプロジェクト、そろそろ終わりそうで、その後も沢木さんとちょっと交流出来たら嬉しいです。仕事でも何でもないメールを1週間に1回くらいしても良いですか? 長文とか送りません』」

「良いですねえ。近藤さんの誠実な感じが出てて、僕は好感を持ちましたよ。長文送らないっていうのも笑えるし。それでイヤなんて言うのなら、そんな女性やめちゃいましょうよ。そして失恋祝いに僕がシャンパーニュ奢ります」

僕がそう言うと、近藤さんは少し涙目になってバスペール・エールをぐっと飲み干した。

#小説 #超短編小説

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