表参道に雪を降らせる

近所の映像制作会社で働いている藤原さんが来店してこんな話を始めた。

「林さん、半年前から付き合い始めた宏美がとにかく俗っぽいんです。

最初から僕の方が宏美に惚れてたからまあ彼女の言うとおりにしてたんですけど、『ディズニーランドに行きたい』とか『隅田川の花火大会に行きたい』とか、そういう人が集まるところばかり行きたがって、僕もう35才だし、そういう場所って疲れるんです。

僕も大人の男なんで、『ちょっと泊まっていこう』とか『うちに来ない?』とか言ってみても断れるし、『じゃあ宏美の家はどう?』って言うと『絶対にダメ』って言うし、でも親と住んでるワケじゃないみたいなんです。

まあこっちが惚れてるからしょうがないなあとは思っていたのですが、『クリスマス・イブは表参道のイルミネーションを見に行きたい』ってLINEが来たんです。

もうこれはちょっと無理と思って、『宏美、クリスマス時期の表参道って大人が行く場所じゃないんだよ。もう満員電車みたいな人混みで、ホントそれだけで疲れちゃうよ』ってLINEを返したら、それっきり返事が来ないんです。

2、3日はこっちも意地で反応はしなかったんですけど、ちょっと心配になってきて、何度も『大丈夫? 怒ってる?』ってLINEを送ったんですけど、全然返事もないし、既読にもなってないんです。大体、宏美の職場も知らないし、もちろん自宅も知らないし、連絡取れなくてどうしようって悩みました。

そしたら12月22日にこんな長いLINEが戻ってきたんです。

『藤原さん しばらく連絡が出来なくてごめんなさい。私、ずっと隠していたんですけど、小さい頃からずっと病気で入院しているんです。最近はちょっと調子が良くなってきて、それでたまに外出できるようになったんですけど。

クリスマス・イブ、表参道に行きたいって無理言ってごめんなさいね。

ディズニーランドも花火大会も、私、一度も行ったことなくて。一生に一度で良いから、そういう普通の人がしているデートみたいなものをしてみたかったんです。

なんか藤原さんを利用したみたいに感じるかもしれませんね。でも藤原さんのことは本当に大好きです。

そして12月24日はやっぱり病院からは出られそうにないみたいです。

今度のことで私のこと嫌いになりましたよね。だいたいセックスもさせないし、こんな病気の身体なら結婚なんかも出来ないような女だって思われましたよね。今までずっと隠していてごめんなさい。でも病院からデートに来ているって言ったら藤原さんにフられると思って。

今まで本当に楽しかったです。大好きな藤原さんと一緒に生まれて初めて本物のミッキーと写真を撮れたことや、藤原さんが花火に向かって「玉や~!」って叫んだこと、ずっとずっと忘れません。

今までどうもありがとうございました。さようなら。それでは良いクリスマスをお迎えください』」

「それで藤原さんはどうされたんですか?」

「都内の全ての病院に片っ端から電話をかけて、宏美の親戚のフリをして、宏美の名前を言って、宏美がいる病院をつきとめました。

そして12月24日のお昼頃にサンタクロースの格好でその病院に乗り込んだんです。

病院の受付の人は随分とびっくりしたのですが、事情を説明して、宏美の病室まで案内してもらいました。

宏美は個室で小さいテレビを見ていました。

そして宏美に『メリー・クリスマス!』と叫ぶとびっくりしてこちらに向いて『藤原さん…』と言いました。

『僕が作った表参道のイルミネーションのヴィデオ見てもらっても良い?』

そのヴィデオは僕が会社で大急ぎで作ったものだったのですが、表参道の人混みの中にCGの僕のサンタクロースと天使達とトナカイが現れて、人混みや車の渋滞なんかをみんなで協力して、魔法で全部消していきます。そして誰もいなくなった夜の静かな表参道に、天使達が雪を降らせるというものでした。

そして最後は雪が降り積もった表参道の真ん中で、僕がカメラに向かって、『宏美~! 表参道は宏美のために貸し切りにしておいたから、来年は一緒に来ようね!』と叫んで終わるものでした」

「宏美さん、喜んでましたか?」

「はい。『私の病気、来年のクリスマスまでに絶対に治すからね』って言ってました」

僕と藤原さんは「宏美さんの病気が治ることを願って」二人でシャンパーニュで乾杯した。

#小説 #超短編小説


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