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良いお店の特徴とは何か

僕、渋谷で23年間バーをやってまして、「どうしてバーだったんですか?」ってよく質問されるんですね。

正直に言いますと、一番の理由は「バーが儲かるから」なんです。お客様の単価が他の業態と比べて全然違うんです。

例えばカフェだとコーヒー一杯500円でずっといられちゃいますよね。バーだと普通は2、3杯は飲むし一杯1000円とかなので、ちょっとつまんで、2人で6000~7000円って感じなんです。

そしてやっぱり、すごくお金を使ってくれる方がたまにいらっしゃるんですね。うちだと例えば4人でご来店して2、3万円のワインのボトルを2本頼んでチーズと生ハムをお出しして、6万円くらいになるんです。

そういうことが、他の業態ではあまりないんです。レストランとかではもちろんそのくらいのお料理はありますが、優秀なシェフやソムリエを雇わなきゃいけないし、大きなキッチンも必要ですよね。コストがかかるんです。

でもバーって「お酒だけ」でして、お酒って嗜好品だから、高くても価値を感じたらみんなお金を出していただけるんです。

僕も一度、妻とあるオーベルジュのバーに行ったとき、妻の生まれ年のヴィンテージのカルバドス(フランス、ノルマンディー地方のリンゴのブランデーです)があったんですね。確か一杯6000円とか7000円だったのですが、自分の生まれ年のブランデーってめったに出会えないんですね。数十年前にフランスのリンゴ農家が作ったお酒がそのバーに偶然あって、偶然出会えたんです。たぶんここで注文しないともう出会えないんです。そりゃ注文しますよね。

そう、お酒って嗜好品だから、バーってその嗜好品だけで勝負しているから、バーテンダーとして面白いという面もあります。

昔、バーテンダー修行をしていたバーで安西水丸さんを接客したことがあるんですね。安西さん、すごくお洒落な方で、「ギムレット、甘めでね」って仰ったんです。

説明しますと、ギムレットって現在のレシピは「ジンを45ミリリットルと生のライムをしぼったジュースを15ミリリットルをシェイクしたもの」でして、甘い要素が全くないすごく辛口のカクテルなんです。

でも「甘めでね」って仰ったんです。安西さん、若い頃にNYで過ごしたことがあるんですね。安西さんの世代で若い頃にNYで過ごすって相当なんです。で、当時、安西さんはNYで「古いレシピの甘いギムレット」をどこかのバーで飲んだことがあるのか、あるいはチャンドラーが小説『長いお別れ』の中で「本物のギムレットはジンとローズのライムジュース(甘味料がはいったシロップです)を半々で作らなきゃいけない」ということを書いていまして、それを読んでいるからなのかもしれないんです。そして、東京で「ギムレット、甘めでね」ってさらっと注文されるんです。お洒落ですよね。

渋谷という場所柄、多くの著名人を接客していまして、みなさん何を飲まれるのかっていうのが、それぞれパブリックイメージと違ったり、そのままだったりとすごく楽しいんですね。

それで、いつか接客したいなあと思う人がいまして、沢木耕太郎なんです。僕、好きでほとんどの本を読んでいるのですが、一度、本の中で「酒は安ければ安いほど良い」というようなことを書かれていたんですね。

そういう方っていらっしゃいます。「酒は酔っぱらえればいいから安い方が良い」という考えの方。あるいは、「高い酒のうんちくやスノッブな感じが嫌い」という考えの方なんかもいます。わかります。お酒って嗜好品だからその人の「人生観」とか「哲学」が出るんです。

でも、僕の友人が「沢木耕太郎が港区の高いバーで飲んでいるのを見かけた」って言ってたことがありまして、「そうか、そりゃそうだよな。沢木耕太郎、もちろん高いバーを利用するだろうな」って思いました。勝手な想像ですが、新宿よりも、西麻布や神楽坂で飲んでいそうなイメージがあります。

だとすると、沢木耕太郎、高いバーで何を注文しているのか、すごく気になるんです。すごく高級なバーなのに、あえて「ウーロンハイ」とかって言う方いるんですね。たぶん、そういう無粋なことは言わなさそうです。

沢木耕太郎の世代って、アメリカが格好良くて、ジーンズやボブ・ディランやバーボン(アメリカのウイスキーです)を好むタイプの人が多いんですね。もしそうだとしたら、「何か安いバーボンをロックで」って注文するかな、どうなのかなって色々と想像するのも楽しいんです。

バーで働くことってそういう面白さがあるのですが、これは何にも変えられないという素晴らしい瞬間もあります。

僕がバーテンダー修行をしたのは下北沢のフェアグランドというお店なのですが、そのオーナーが中村悌二さんという人で、今では飲食業界でプロデューサーとしてすごく有名な人なんですね。例えば単価5000円から8000円くらいの飲食店を一ヶ月に2、3回は利用する方なら、必ず中村さんが関わった飲食店をしょっちゅう使っているはずです。

そんな中村さんがまだ32歳の頃、25歳の僕とたった2人で、そのフェアグランドというバーを回していた時期があったんです。まあ、「昔、イチローとよくキャッチボールしてたんだよね」って感じです。

それで中村さんに接客のこと、バーのことをひとつひとつ手取り足取り教えてもらっていたのですが、ある夜のことです。そのバーがほぼ満席で僕と中村さんはお酒をつくり、グラスを洗ってっていうのを繰り返していると、中村さんがこう言ったんです。

「伸次、今、お店がすごく良い感じなのわかるか? この瞬間、この雰囲気を覚えておけ。良いお店ってこういう感じのことを言うんだ」

お客様はそれぞれ、お酒を飲んで仕事や将来の夢のことを語り合ったり、あるいは恋人同士が愛を語り合ったりしているわけですが、その瞬間、そのお店が一体となって、お店が生きている、輝いている、奇跡的な空間になっているんです。

たまたまみんな東京という大都市で、そんなに安くもないお酒を片手に夢や愛を語っていて、そのお店でたまたま居合わせて、それが一体となって奇跡的な雰囲気を作っているんです。

それを中村さんは「この瞬間を覚えておけ。良いお店ってこういう感じのことを言うんだ」って教えてくれたんです。

僕のお店も、そういう瞬間がたまにありまして、それを味わってしまうと、もうやめられないんです。お店って本当に生きていて、たまに奇跡的な雰囲気を作り出すんです。

コロナ以降、リアル店舗ってどうなるんだろうって言われていますが、僕はあの空気をしっているから、そうそう飲食店って廃れないと思います。あなたもそう思いませんか? そしてあなたもそんなお店の奇跡的な瞬間を今夜も味わいにいきませんか?

このnoteは、キリンと開催する「 #ここで飲むしあわせ 」投稿コンテストの参考作品として、主催者の依頼により書いたものです。

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