ティー・フォー・トゥ

#小説 #超短編小説

彼とつきあい始めた頃、彼がカフェで必ず紅茶を注文するのに驚いた。

彼は身長190センチで胸幅もがっちり、髪の毛は短くていつも日に焼けているのに、なぜか必ず紅茶を頼んだ。

紅茶はだいたい繊細なカップで出てくるので、彼の太い指とは全然不釣り合いだった。

私は2回目のデートの時に「どうして紅茶なの?」と聞いてみた。

「亡くなった母親が大の紅茶党だったんだ。普通、日本の喫茶店では紅茶は適当に扱われているから、東京中の美味しい紅茶を飲ませる喫茶店をノートにまとめたりしてね。僕はそんなに詳しくはわからないんだけど、紅茶って確かにお店によって色々だなあって思って。それでついつい喫茶店に入ると紅茶を頼んでしまうんだ」

その日から私も紅茶党になった。紅茶についてインターネットで調べるだけでは終わらず、青山の紅茶教室まで通って、葉っぱの違いやミルクを入れるタイミングなんかについてしっかりと詳しくなった。

彼にはそんなこと一言も言ってなかったのだけど、私の紅茶への思いを披露するときが来た。彼の大学の時の男友達と私の職場の女友達が彼の家に集まってちょっとしたホームパーティをすることになったのだ。

私はこの日のために選びに選んだ紅茶の葉を手に、彼の家に向かった。

彼のお母さんは本当に紅茶を愛していたのだろう。素敵なティーカップやポットのセットがいくつもあった。

私が彼に「これ、使っても良い?」と聞くと、彼はとてもうれしそうに「是非、使って。母も喜んでくれると思うから」と言った。

私はこの日のために学んだ完璧な英国スタイルの紅茶をいれて、みんなに出して回った。

彼が一口飲んで、すごく驚いた顔で「美味しい! 美香、すごく美味しいよ。いったいどうしたの?」と言うので、「実はこっそり色々と紅茶を勉強したの」と答えた。

周りのみんなも美味しそうに飲んでくれたのだが、一人だけ私の同期の真智子が「ごめーん。私、紅茶って飲めなくて。美香、本当にごめんね」と言って、自分でキッチンに行ってインスタントコーヒーをいれて飲んだ。

結局あれから色々とあって、私は彼とは別れてしまって、彼は驚いたことにあの時に紅茶を飲めなかった真智子と結婚してしまった。

真智子とはずっと仲良くしているので、お昼に彼女とカフェで私は紅茶を彼女はコーヒーを飲みながら、真智子にこう聞いてみた。

「彼が紅茶ばかり飲んでいて困らない?」

「え? 彼、紅茶を飲むところなんて一度も見たことないけど。私がコーヒーが好きだからいろんな美味しいコーヒーを探してカフェめぐりしてるよ」

そして、その時私は「女は決して男に味覚を合わせる必要なんてないんだ。男が女にあわせるべきなんだ」という真実を知った。

僕のcakesの連載をまとめた恋愛本でてます。「ワイングラスのむこう側」http://goo.gl/P2k1VA

この記事は投げ銭制です。この後、オマケで今回からどうしてこのスタイルになったかの経緯と言い訳を書いています。

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