私小説2

犬を飼いたい? 犬を飼うってどういうことなんだろう。

だいたい、僕の実家では動物なんていたことがない。両親が共働きで忙しかったからだろうか。いや、その前に誰も動物を飼うなんてことを思いつかなかったんだと思う。もちろん友達の家で猫や犬を飼っているところはあったけど、そういうのを見ても全く羨ましいと思わなかったし、動物は動物園の中やテレビの中で見るものだと思っていた。

娘は犬を飼ってみたいらしい。でも考えてみると娘は一人っ子だし、弟みたいな存在の奴がいるのも良いかもしれない。毎日、誰かの面倒を見るって教育上も良いのかもしれない。そう思い直し、僕は「イズミちゃんがちゃんと世話するんなら犬、良いんじゃない」と言ってしまった。

娘はガラーンとしたリビングを飛び回って「わーい。犬だ、犬だ~!」と跳ね回っている。そして妻が「ちゃんとイズミが面倒見るのよ」と言っている。そのときチャイムが鳴った。引っ越し業者が到着したんだ。たくさんの荷物が運び込まれ、これはこっち、これはあっち、なんて言っていると、僕はすっかり犬のことなんて忘れてしまっていた。

そして娘も東京の新しい中学に通い始めて2ヶ月くらいたった頃のこと、妻がこう言った。
「今度の日曜日、イズミが犬を見に行きたいって言ってるけど大丈夫?」

「大丈夫だけど、犬っていくらくらいするの?」
「16万円くらいってイズミが言ってた。なんかイズミ、あれからずっとネットで探してて、すごく気に入った奴がいたみたい。まあとりあえず行ってみようか」

娘が欲しいと言っていた犬はポメラニアンという犬種らしい。僕はその頃はもちろん全く犬には興味がなかったので、娘にネットの写真を見せてもらっても、「白くてふわふわしてるんだなあ」くらいしかわからなかった。そうかあ、小さい女の子ってこういう犬が欲しいんだと感じたくらいだ。

そして日曜日。そのペットショップは小田急線のずっとずっと先にあるということで、僕たち家族はまるで遠足気分で小田急線に乗り込んだ。今、考えてみると自宅の近所にも渋谷や新宿にもたくさんペットショップはあったのだけど、あのときは娘が「一目惚れした」という犬のため、僕たちは1時間近く小田急線に乗って、これから一生二度と降りないような知らない寂れた駅で降りた。

駅前は本当に何にもない私鉄の駅の商店街で、コンビニと携帯電話ショップと不動産屋と美容室とラーメン屋しか見あたらない。そんな中に娘がずっと言っていた名前のペットショップがあった。

娘が「あった!」と叫び、僕たち家族はペットショップまで小走りになった。妻が「イズミ、ポメラニアン、逃げないから」と笑っていたのだが、実は世の中はそううまくはいかなかった。

ペットショップの扉を開けると、あの獣特有のムッとくる臭いがした。僕はその当時胃の調子が悪くて、「ごめん、ちょっと外で待ってる」と言って、お店の中には入らないで外で待つことにした。

すると数分後、娘が気落ちした表情で店から出てきて「あのポメラニアン、売れたんだって」と言った。

「そうかあ」と僕は言ったのだけど、こういう時に幼い女の子にどういう風に声をかけていいのか、まだ父親になりたての僕はどうもわからず、「そうかあ」を繰り返した。

すると妻がその店から顔を出して、「イズミ、なんかすごく可愛い子がいるよ。タカちゃんもちょっと見てよ」と言った。

僕は息をとめてそのペットショップに入ると、妻が「この子、この子」と言って手招きをしている。

すると白くてふわふわしているくせして、なんだかずっと箱の中でずっとバタバタ大騒ぎしている小さい犬がいた。

「イズミ、この子にしようよ。元気がある子にしましょうってネットにも書いてあったし」と妻が言うと、娘は意外にも「うん」と答えた。

その犬はパピヨンという犬種で、お父さんはコンテストでチャンピオンになったらしい。僕たちが「じゃあこの子にします」と言ってからはずっと目をキラキラさせて僕たちの方を見ている。たぶん僕たちの家族になるってことを知っているんだ。

#小説

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この記事は投げ銭制です。この後、オマケで僕のちょっとした個人的なことをすごく短く書いています(大したこと書いてません)。今日は「新しいパーティを考えているのですが」です。

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