魔法の赤い口紅
私がまだ6歳の頃のこと。ママがガンで死ぬ3日前に、病院のベッドでこんなことを言った。
「真理子、あなたに魔法の赤い口紅をあげる。この口紅はね、つけるといつもより100倍魅力的な女になれるの。だから『どうしてもこの男性を振り向かせたい。どうしてもこの男性に好きになって欲しい』って時が来たら、この口紅を使ってその彼の前に行きなさい。でもね、この魔法は3回しか使えないの。だからあなたの人生で何度も好きになる男性はいると思うんだけど、『この人!』って思ったときだけ使うのよ。そしてこの手紙、あなたが結婚したら開けて読んでみて。結婚するまでは絶対に開けちゃダメだからね」
「ママも、パパと出会った時にこの口紅使ったの?」
「もちろんよ。パパ、私の唇を見てノックアウトだったみたいよ」
そう言って、ママは笑った。そしてママは3日後に死んだ。
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最初にその口紅を使ったのは中学3年生のヴァレンタインデイの時だった。
相手は同じクラスの男子でバスケットボール部のキャプテン。そして彼は全校の女子の憧れの的だった。
私は昼休みに学校のトイレの鏡の前で、ママの口紅をつけてみた。
本当だ。本当にさっきまでの平凡だった私が嘘のように魅力的な女性になっていた。
私は胸をはって、教室に戻って彼にチョコレートを渡した。
彼は私の顔とチョコレートを見て、顔を真っ赤にしてこう言った。
「渡辺さん、これって義理チョコじゃないんだよね。ありがとう。俺も渡辺さんのこと、ずっと好きだったんだ」
私は心の中でガッツポーズをし、ママの魔法の赤い口紅は本当だったんだと驚いた。
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でもこの魔法は3回しか使えない。簡単に使っちゃいけないとはわかっていながら、どうしても我慢できずに大学の時、同じ音楽サークルでギターを弾いていた男性のことが好きになり、告白でもう1回使ってしまった。
その彼もすごくモテていたのだけど、彼も私の虜になり、口紅の魔法の威力はやっぱり本当だったんだと私は確信した。
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それから私は何度もいろんな恋を経験したのだが、魔法の口紅は使わなかった。だって魔法は後一回だ。もうこの人と結婚したい、この人しかいないって確信したときにこの口紅は使おうと心に決めていた。
そして26歳の時、激しい恋に落ちた。
当時、私は広告代理店に勤めていたのだけど、仕事のTVのCMで担当するバンドのヴォーカルの男性をただただ一方的に好きになってしまった。
もちろんたくさんのファンがいるはずだし、モテてモテてしょうがない状況だとは思った。私のことなんて本当に何にも思っていないというのもわかっていた。
でも、この男性を私の方に振り向かせたいと思った。この人と恋が出来たら私はもう一生満足だと思った。
それで私は仕事の打ち合わせのフリをして、彼を青山の小さなバーに誘った。
もちろん私は魔法の赤い口紅をつけていどんだ。
途中までは仕事のお話をしていたのだけど、3杯目あたりの時に彼が私の手をさわってきた。
そしてお会計が終わって、外に出ると、彼が突然私にキスをしてきた。
私はあせらず、ことをゆっくりゆっくりと進め、先週その彼と結婚した。
※
ハネムーンから帰ってきて、彼との新居で私の荷物を整理していると、ママからの手紙を見つけた。
そうだ。ママが口紅と一緒にくれた手紙だ。結婚したから読んでも良いんだよね。ママ。
手紙を開けるとママはこんなことを書いていた。
「真理子 この手紙を読んでいるということは結婚したんだね。おめでとう。
魔法の口紅の効果はどうだった? 本当に魔法はうまくいったでしょ?
あの口紅ね、本当はなんでもない普通の口紅なの。
でもね。「この口紅をつけると100倍魅力的になれる」って信じ込むと女の子って本当に魅力的になれるの。
そしてたっぷりと自分の魅力に自信を持って、大好きな男性の前に立つと、どんな男性もその自信がある女性の魅力に惚れてしまうものなの。
本当は真理子を育てながらそんなことを教えたかったんだけど、ママ、ガンになっちゃったから教えられないなと思って、こんな嘘ついちゃった。
でも、この手紙を読んでいるってことは、真理子の恋もうまくいったんだよね。おめでとう。幸せになってね。じゃあ天国で真理子の幸せを見ているからね」
なんだ、ママ。てっきり本当に魔法の口紅だと信じてしまってた。
そうか。じゃあ、私も女の子を産んだら、その子に魔法の口紅をプレゼントしよう。
「ねえ、良い? この口紅をつけると100倍魅力的な女の子になれるのよ。でも魔法は3回だけだからね」って言ってみよう。
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姫路のハンモック・カフェさんがこんなツイートをしてくれました。ありがとうございます!
飲食店って本当に面白いなあって感じの本を出しました。『バーのマスターは「おかわり」をすすめない 飲食店経営がいつだってこんなに楽しい理由』 https://goo.gl/oACxGp
この記事は投げ銭制です。この後、オマケでこの小説を書いた経緯をすごく短く書いています。
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