バー・ムーン・ビーチ 天使の恋
今日は天使が来店した。
天使はカウンターの席に座るとこう言った。
「実は僕、地上にいるある人間の女性に恋をしてしまって、天国から追放されることになったんです。それで、地上に墜ちる前にここで祝杯をあげようかなと思いまして。何かシャンパーニュをいただけますか」
私は少し悩み、かつてコンコルドで出されていたブルーノ・パイヤールのロゼ・シャンパーニュを開けて、天使に出した。
「地上に墜ちた後、あなたはその彼女には会えるんですか?」
「それがちょっと難しいことになっていまして、今の決まりでは、人間の姿では天使は地上に墜ちてはいけないんです」
「そうなんですか」
「でも、彼女の周りの何か『物』にだったら生まれ変わっても良いという許可を神様から頂いたんです」
「彼女の周りの物ですか」
「はい。ちょっと色々と悩みました。彼女が結婚してから夫と建てる家。彼女が乗っている自動車。彼女がつけている口紅。彼女が着ている洋服。彼女が娘のために買うピアノ。私はいったい彼女の周りの何に生まれ変われば彼女の人生の幸せに貢献できるんだろうかと」
「それは悩みますね」
「はい。それでさっきこのバーに入る前に決めました。彼女があと1ヶ月後にある文庫本を買うことがわかっているんです。そして彼女はその本に感動して一生鞄の中に入れたままにして、何か悩み事があるたびにその本を開いて読むそうなんです」
「その本に生まれ変わるんですね」
「はい。その本の文章は僕が書きます。彼女のことだけを思って、彼女がこれから恋をしたとき、彼女が結婚するとき、彼女が家庭を持ったとき、彼女はたくさんの悩みを持つはずなんです。そんな時に彼女の幸せの、そして人生の支えになるような文章を書けたら。そして恋の詩も書いて、僕のこの切ない恋心が少しでも彼女に伝われば良いな、なんて思っています」
「それは素敵ですね」
「ちょっとした小説も書く予定です。このバー・ムーンビーチの話も書いて良いですか?」
「もちろんです。私のこと、良い男に書いて下さいね」
「わかりました。任せて下さい」
「彼女に恋心が伝わると良いですね」
私とこれから地上に墜ちる天使は青い地球を眺めながら、ある女性が読もうとしている本のことを思い描いた。
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