岡本さんとタカシくん
いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。
雨も上がり、初夏の爽やかな風が心地よい夜、おだやかな笑顔の岡本さんが来店し、こんな話を始めた。
「林さん、僕、今、好きになった女性がいるんです。その人、ご主人が浮気して別れてて、8才の息子さんのタカシくんって子が1人いるんです。
その彼女、38才なんですけど、見た感じはまだ30才くらいで、でも落ち着きや、時々見せる幼さもあってすごく可愛いんです。そして息子さんがママのことが大好きなんですよねえ」
「ああ、男の子ってママが大好きですよね」
「そうなんです。今は僕はまだ小さいけど、大きくなってちゃんと仕事をしてママと結婚するって思っているんです。
そんなところに僕が現れたものだから、もう僕のことは完全に恋敵なんです」
「前のパパのことはどう思っているんですか? 前のパパが浮気で別れたって知っているんですか?」
「彼女が『前のパパはダメだった』ってすごく説明したみたいなんです。まあそういうところ、いかにも彼女らしいんですけどね。
でもタカシくんとしては、そのママの言葉を真に受けていて、『大人の男性はすぐに他の女性のことを好きになるからダメなんだ、僕だけがママを守れるんだ、僕はずっとママを愛するんだ』って本気で思いこんでいるんです」
「まあ、彼女の気持ちもわかりますね。そうやって『浮気する男はダメなんだよ』って自分の息子に教えたくなるんでしょうね」
「そうなんです。だから本当は僕の存在のことは認めつつ、僕がどれだけママのことをわかっているかっていうのも気にしているんです。この間は『ママと仲が良い友達を3人言え!』なんて言い出して、僕を試すんです」
「言えたんですか?」
「2人まではよく彼女の話題に出るから当てられたんですけど、最後の1人は知らなくて、完全にタカシくんにダメ出しをされました」
「たぶん、ダメ出しをしたいんでしょうね」
「はい。やっぱり男の子なんですよね。常に僕と張り合いたいんです。でも、本気で僕がママのことを理解しているのかどうかっていうのを知りたいんだなって感じることもあるんです」
「なるほど。本気でこの男がママの結婚相手で良いのかどうかって見ているという要素もありそうですね。岡本さんはタカシくんに『俺は稼ぎが良いから安心しろ』なんて言わないんですか?」
「そんなことは言わないですよ。でも先日、こういうことを提案してみたんです。
『今日は男同士で話し合いたいんだけど、タカシくんが好きなのと同じくらい俺もママのことが好きだ。そしてママは俺にとってもタカシくんにとってもお姫様だと思うんだ。これからは俺とタカシくんは仲間になって、一緒にお姫様のママを助けていこうと思わないか? だってタカシくんもずっとママと一緒にいられるわけじゃないだろ。時々、小学校にいかなきゃいけないし、サッカーもあるじゃない。そのタカシくんが見られないときは俺がママを守る。二人で仲間になってママを守るってどうだろう』」
「どうでしたか?」
「ちょっと面白いアイディアだから考えておくって言われました」
「あと一歩ですね」
「はい。それで次に会ったときはこんな提案をしてみました。
『タカシくんとママと俺と3人で仲間になろうよ。タカシくんとママと二人で遊ぶよりも三人の方が楽しいだろ。俺はタカシくんとサッカーも出来るし、タカシくんと男の相談も出来る。仲間は多い方がいいぞ。みんなで仲間になって、クリスマスや運動会やお正月の思い出を増やしていこうよ。そして俺たち二人でママを守ろう』」
「これはタカシくん、気持ちが動いたんじゃないですか?」
「はい。そしたらタカシくんがこう言ってくれました。
『そこまで岡本さんが言うなら、僕からママに言ってあげるよ』
そしてママのところに行ってこう言いました。
『ママ、岡本さんとは男同士でわかりあえた。岡本さんは前のパパとは違うよ。岡本さんはたぶんママのことを裏切って浮気なんてしないと思う。それは僕が保証するよ。ママのことは僕と岡本さんと二人で守ることになったから、岡本さんを仲間にしてあげてくれないかなあ』
『タカシ、岡本さんが仲間ってどういうこと?』
『だから、ママと岡本さんが結婚して、僕たちが家族になるってことだよ。ママ、そういうのを息子の僕に言わせないでよ。僕たち、家族になるべきだ。岡本さんは大丈夫だって僕が保証する』」
「タカシくん、良い男ですね」
「はい。僕もそう思いました。たぶん将来、すごく大きなことをしそうな男の子だなって確信しました」
「良い家族になりそうですね」
そして、岡本さんは1人でシャンパーニュで祝って、
「また彼女を連れてきます。そしてタカシくんが20歳になるまで、林さん、bar bossa続けてくださいね」と言った。
※
僕のcakesの連載をまとめた恋愛本でてます。「ワイングラスのむこう側」http://goo.gl/P2k1VA
この記事は投げ銭制です。この後、オマケでこの小説を書く経緯をすごく短くですが、書いています。
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