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センセイと月子

枠に囚われず生きる。

現実には、難しい。
とても、

芸能界、スポーツ界のように、人に夢を与える世界の人は、
その私生活をも使って夢を与えている。
そのような人たちかも知れない。

私たち平凡の現実は、

どうなのでしょうか。

他人様に夢を与えることもなく、
独り、
自分の夢を追う身のようです。

月子とセンセイの関係は、


芸能界の男女関係とはまったく異なる次元の話。

だからこそわたしは、
センセイの、月子さんの、
書かれなかった時間と思いを見たかったのです。

「わたしとあなた」は、
数限りなく実在して、
どれ一つとして同じものはない。

センセイの鞄
仮想の世界での出来事であり、同時に、
現実に起こり得るかもしれないこと。

起こり得るかもしれない、
それは、「わたし」にもあてはまることかもしれないこと。

だから小説なんでしょう。
ゴシップとは違うもの。

センセイは優しい人。


優柔不断の中の一文字の優しさ。
決断しないからやさしく見えるだけ。
本当に優しいなら、
月子に、残りの人生だけの交際を申し込むことはないのでは、そう思うのです。

センセイをとがめるわけではありません。
センセイ自身、それが分かって、苦しんで、それでも「恋」に衝き動かされてしまった。
センセイのこころの若さに、拍手しているわたし。
若いが故にしてしまう、馬鹿なことを。

三年間、幸せだったろうだけに、ふと蘇る、ホントに良いのだろうかというこころの影を、月子だから受け止め続けたのだと思うのです。

わたしはこの話がすきです。

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