お別れの儀式【ショートストーリー】
ジイ:エム、着いたよ
ジイ:どんな?
エム:うん、きれいだね
ドアを開けて
駐車所の端から海を眺める
エム:風が冷たいね
降りてきて並んで
エムがつぶやくと
左腕を両手でとって
頭を腕に預けて言った
ジイ:雲の影が映ってる
エム:ほんと!大きいね~
ジイ:うん。
ジイ:他にも一緒に眺めたい所がたくさんあるんだ。
どこもここみたいに
誰もやって来ないから独り占め。
エム:ジイらしいね(笑)
ジイ:うん、ジイらしいだろう。
きっとエムも、おんなじだ。
エム:うん。おんなじだ。
ジイ:風が強いから
クルマに戻ろう。
クルマの中から
眺めたらいいよ。
エム:中はあったかいね。
ジイの左手を取ると
エムは唇を指先に当てる。
その手に頬摺りをする。
頭を抱き寄せて
じっと海を眺める。
エムは、腕にすがって
横を向いて目を閉じた。
エムは眠ってしまった。
安らかな寝息。
きっと昨夜もひとり、
夜遅くまで仕事だったはず。
一日の家事を終えて
皆が寝静まってから
あらためて仕事する。
一年中、休まずに。
健気なエム。
決してジイからの贈り物は
受け取らないエム。
人の世話にならない事に
こだわりを持つエム。
考えあぐねて
ようやく連絡してきて
助言だけ聞いて
「ありがとう」
「ゴメンネ」
必ずそう言う。
「とんでもないよ!
エムが連絡をくれること
相談してもらえることが
嬉しいんだから!」
ジイも、
いつも同じように返す。
数ヶ月に一度
あるかないかの連絡。
「お礼に…」
たい焼きの写真だったり
喫茶店でのデートだったり
こうしてドライブだったり
そして夕暮れになると
ジイ:もう、帰らなくちゃ
エム:うん、あと10分
ジイ:10分経ったから
エム:じゃあ、4時半まで
すぐに一時間が過ぎてしまう。
送り届けて
ジイ:またね
エム:うん、また。
ジイ:連絡、待ってるよ。
いつでも声をかけてね。
エム:待たなくていいよ。
じゃあね。
エムはハンドルを握って
こちらを見て手を振る。
ジイは停まったまま
左手で指3本だけ
手を振って見送る。
お別れの儀式。
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