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~感染症をかるめに紹介~ vol.12『梅毒』

vol.12『梅毒』

"the great imitator"
変幻自在の病態は、人を容易く欺く。

≪梅毒トレポネーマ≫

原因となる「トレポネーマ・パリズム」は「トレポネーマ属」のグラム陰性らせん菌で、「梅毒トレポネーマ」とも呼ばれるんだ。
学名の「pallidum」は「青い」を意味するラテン語で、暗視野顕微鏡で青い色彩を放つことに由来しているんだよ。

また、低酸素状態でなければ長時間生存できないため、感染経路は限定されるんだ。
現在、ウサギの睾丸内で培養する以外に現実的な培養法がないため、梅毒発症のメカニズムはほとんど解明されていないんだよ。

≪梅毒の歴史≫

ヨーロッパにおいて最初に記録された梅毒のアウトブレイクは、1494~1495年にかけてイタリアのナポリで発生したものだったんだ。
当時イタリアへ侵攻していたフランス軍が帰還するとともにフランスでも流行が発生したことから、梅毒は「フランス病」とも呼ばれたんだよ。

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梅毒が性感染症であることは経験的に知られていて、ルネサンス時代に売春が活発であったことが大規模な流行の原因の一つであると考えられているんだ。
全身の様々な部位に多彩な症状が現れることから、医学者であるウイリアム・オスラーには「偽装の達人」と呼ばれたんだよ。

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日本では15世紀に記録上に初めて登場していて、日本においても梅毒が性感染症であることは古くから経験的に知られていたため、徳川家康は遊女に接することを控えていたんだ。
抗菌剤が登場する以前は多くの死者を出していたほか、軟骨炎により鼻を欠損する遊女が多くみられたとされているんだよ。

かつての日本では「楊梅(ヤマモモ)」に似た病変を生じることから「楊梅瘡」と呼ばれ、時代とともに現在の「梅毒」の呼称へ変化していったと考えられているんだ。
1943年にマホニーらがペニシリンによる治療に成功して以降、梅毒による死者数は激減したんだよ。

≪梅毒の流行≫

流行は世界中でみられ、近年の日本では患者の発生数が急激な増加傾向にあり、2018年には無症候を含め6990人の患者が報告されたんだ。
男性では20~50代・女性では20~40代の患者が増加しているほか、2015年以降では特に異性間の性的接触による感染の割合が増加しているんだよ。

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≪梅毒の感染経路≫

感染経路は接触感染で、感染部位に触れることで感染するんだ。
性的接触による感染がほとんどであるとされているけれど、極めてまれに細菌の付着した手指などから感染することもあるんだよ。

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感染性のある期間は感染後1年以内で、感染後1年未満の患者との性的接触により約30%が感染するとされているんだ。
無症状の場合でも感染性があるため、気づかないうちに感染を広げてしまうことも多いんだよ。

胎盤を介した母子感染はいずれの妊娠時期でも発生する可能性があり、特に感染後1年以内に最も発生しやすいとされているんだ。
母子感染では「先天梅毒」により新生児に先天異常が発生することがあり、早期先天梅毒では出生時に約2/3が無症状であるとされているんだよ。

≪梅毒の症状≫

潜伏期間は約3週間で、感染性のある期間は感染後1年以内にあたるんだ。
経過は第一~四期に分けられ、HIV感染に併発した場合では症状や梅毒血清反応が非典型的であることが多いんだよ。

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【第一期】
感染部位に小豆大~示指大の硬結(しこり)を生じ、硬結の中心に無痛性の潰瘍(硬性下疳)を形成するんだ。
硬性下疳の主な好発部位は、男性では陰茎冠状溝・包皮・亀頭部、女性では大小陰唇・子宮頸部とされているんだよ。

また、口腔咽頭粘膜・肛門部などにも硬性下疳を生じる場合があるんだ。
鼠径リンパ節の腫れを伴うこともあり、症状は約1か月で自然に軽快するんだよ。

【潜伏梅毒】
第一期と第二期の間・第二期の症状軽快後の状態は「潜伏梅毒」と呼ばれるんだ。
第一期の症状が軽快した後、無症状の期間が4~10週間続くけれど、この期間中においても梅毒血清反応は陽性となるんだよ。

【第二期】
感染から約3か月後
に第二期へ移行し、全身に多彩な発疹が出現するんだ。
梅毒性バラ疹・梅毒性乾癬・梅毒性粘膜疹・梅毒性脱毛・扁平コンジローマなどがみられ、第二期の症状と第一期の症状は重複することがあるんだよ。

発熱・全身のリンパ節の腫れ・倦怠感・関節痛などの全身症状のほか、泌尿器系・中枢神経系・筋骨格系の多彩な症状を呈することがあるんだ。
免疫不全者などでは「早期神経梅毒」を発症し、髄膜炎・視覚障害などを生じることがあるんだよ。

【潜伏梅毒】
第二期の症状は数週間~数か月で自然に軽快し、その後は第二期の症状の再発を繰り返しながら、第三期へ移行することがあるんだ。
第二期の症状軽快後の潜伏梅毒は数年にわたって続き、感染後1年以内の場合は「早期潜伏梅毒」、感染後1年以降の場合は「後期潜伏梅毒」と呼ばれるんだよ。

【第三期~第四期】
第三期は感染後3年以降にみられ、皮膚・骨・筋肉などにゴム腫(ゴムのような腫瘍)を生じ、第四期へ移行すると多くの臓器にゴム腫を生じるんだ。
第四期は感染後10年以降にみられ、大動脈炎・脊髄癆・進行麻痺・認知機能障害などが現れ、命を落とすこともあるんだよ。

【先天梅毒】
母子感染はいずれの妊娠時期でも発生する可能性があり、感染後1年以内に最も発生しやすいとされているんだ。
早産・流産・死産などを生じることがあるほか、先天梅毒は発症する年齢によって「早期先天梅毒」と「晩期先天梅毒」に分けられるんだよ。

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早期先天梅毒は出生時~生後3か月に発症し、約2/3が出生時に無症状であるとされているんだ。
生後まもなく発疹が認められ、骨軟骨炎・全身のリンパ節の腫れ・肝脾腫・紫斑・黄疸・脈絡網膜炎・低出生体重などを生じるんだよ。

晩期先天梅毒は学童期以降に発症し、乳幼児期には症状を示さないんだ。
実質性角膜炎・内耳性難聴・Hutchinson歯(永久歯の形成異常)がみられ、これらの症状は「Hutchinson3徴候」と呼ばれるんだよ。

≪梅毒の治療≫

治療は抗菌療法が中心になる。
硬性下疳や原因不明の皮疹を認めた際には、患者に感染機会の聴取を行い、疑わしいと判断した場合は梅毒抗体検査を行うんだ。
非トレポネーマ脂質抗体(RPR)・梅毒トレポネーマ抗体(TPHA)の定性検査を同時測定し、活動性梅毒であるかを判断するんだよ。

RPRは梅毒特異的ではないけれど、活動性の指標となるんだ。
TPHAは特異性に優れるけれど、治療により梅毒トレポネーマが消失した後も陽性となり続けるため、治療効果の判定に用いることはできないんだよ。

また、第一期では、時期によってRPR陰性~低値(定量で8倍・8R.U.以下)である場合があるんだ。
その際には、感染機会を聴取し、症状で梅毒の可能性が高いと判断した場合は暫定的に治療を行うか、または2-4週間後に梅毒抗体の再検査を行うんだよ。

従来ではRPRが先行して上昇することが知られていたけれど、近年ではTPHAが先行して上昇する事例の報告が増加しているため、感染機会の聴取・身体所見を含めた総合的な判断がより重要とされているんだ。
第二期以降ではRPRは通常高値(定量で16倍・16R.U.以上)となり、治療適応となるんだよ。

【抗菌療法】
海外ではベンザシンペニシリン G240 万単位単回筋注が第一選択であるけれど、日本では同製剤がないため主に内服治療が行われるんだ。
ペニシリン系抗菌剤が第一選択薬とされ、ペニシリンアレルギーがある場合には塩酸ミノサイクリンもしくはドキシサイクリンを使用するんだよ。

また、HIV感染に併発する場合があることから、診断時にはHIV抗体検査が勧められるんだ。
パートナー間で感染させ合う「ピンポン感染」が発生するため、パートナーの片方が感染した際には、もう片方の検査・治療も考慮する必要があるんだよ。

≪梅毒の予防≫

ワクチンはない
性的接触がある限りは感染する可能性があるため、早期の発見・治療開始が重要なんだ。
コンドームを適切に使用することで感染リスクを低減できるほか、特に第一~二期の梅毒が疑われる相手との性的接触は避けるようにしようね。

≪純粋培養の難しさ≫

不思議な症状が現れる梅毒だけれど、そのメカニズムはほとんど解明されていない。
これは未だに梅毒トレポネーマを純粋培養する方法がないためであるけれど、そもそも純粋培養ってなんだろう?

純粋培養」とは、他の種の微生物を混入させず、一種だけの微生物を取り出して培養することをいうんだ。
純粋培養は、その微生物が持つ機能を解明する上で欠かせない技術なんだよ。

とはいえ、単に栄養をたくさん与えるだけで増殖していくほど、純粋培養は簡単なものではないんだ。
細菌をうまく生育させるには、温度・物質の濃度・㏗など、様々な細かい条件が必要となり、純粋培養法を確立するためにはそれらをほぼ手探りで試していくほかないんだよ。

梅毒トレポネーマの純粋培養法は未だに確立されておらず、現在においても梅毒のメカニズムはほとんど解明されていない。
感染症のメカニズムを解明することの難しさを、この紹介を通して改めて知っておいてほしいよ。
(紹介おわり)

≪参考≫

https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/syphilis/392-encyclopedia/465-syphilis-info.html
https://www.kansensho.or.jp/ref/d52.html
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/seikansensho/knowledge/syphilis/index.html
http://jssti.umin.jp/pdf/guideline-2016.pdf
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/qanda2.html


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