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部活①

高校の部活動の話だ。

僕は高校生活をギター部に捧げるつもりだった。なぜ、ギター部に入りたかったか? もちろん女子とイチャイチャしたかったからである。仮入部の期間になって僕はギター部の部室に行こうとした。

行こうとした。行こうとした。行こうとした。

でも行けなかった。どうにも生来の人見知りのおかげで、知らない人がたくさんいるところに一人で行くのが怖かったのである。中学が野球部だったので、なんとなく野球部の見学に行く。泥臭く、汗と根性と坊主頭の部活である。見学の時点で先輩からは目をつけられ、仮入部すると入らざるを得ない雰囲気になり、そのまま入部届けを出してしまう。

さよなら華やかな高校生活、こんにちは泥まみれの青春。

このことに関しては今でも後悔している。もし、あの時、少し勇気を出してギター部の部室のドアを叩いていれば、私の人生は180度とは言わないまでも16度くらいは変わっていたのではないかと。とはいえ、野球部に入ってしまったものは仕方がない。こうなりゃ、高校生活は野球に捧げようと一生懸命練習した。朝の6時からグラウンドでバッティング練習をし、休み時間も素振りをし、練習が終わった後も一人で22時くらいまで猛然と練習をしつづけた。泥臭くなるなら徹底的に泥まみれになってやる。

僕は練習した。練習した。練習した。練習した。

そして、腰を痛めた。それでも僕は痛みを我慢して、練習を続けた。半年くらい我慢して、ついに痛みで体が動かなくなった。「もう限界だ」僕は涙ながらに顧問に退部を申し出た。2年生の春である。

野球部をやめて数日、僕はやることもなく、ボケっとしていた。

ボケっと、ボケっと、ボケっと、、、。

異変に気がついたのは退部して3日目だった。「ぜんぜん腰が痛くない、、、」そう、僕の腰の痛みは、ちょっと休めば治る類のものだったのである。痛みが引かなかったのは無理して練習し続けたおかげである。こいつは困った事態になった。大げさに涙なんて流して退部してしまった手前、いまさら野球部に戻るわけにはいかない。ならば、途中からでもギター部に入部すれば良かったのだが、やはり友達のいないギター部に入るのはキングオブ人見知りとしては気がひける。だがこのまま、なにもせずに高校生活を過ごすのは青春を棒にふるようで論外だ。

僕は思案した。思案した。思案した。

思案した結果、廃部になっていた山岳部を再興させようと思い立った。これなら、中途入部の気まずさもないし、0から高校生活をやり直せる気がした。それに廃部から部活を復活させて全国大会に行くなんて、まるで青春映画のようではないか。なぜ全国大会に行けると考えていたのかといえばバカだったからである。

青春だ。青春だ。青春だ。

思い立ったが吉日というわけで元・山岳部の顧問の先生に会いに行った。
「山岳部を復活させたいんです!」

鼻息荒く訴える僕に先生は静かに言った。

「お前は山岳部が何をする部活か知ってるか?」

山岳部とは簡単にいえば山に登るための全てを行う部活である。山に登る前には地図や天気図の読解、登山ルートの検討などをしなければならない。いざ山に登ってるときも山岳部の登山は厳しい。目的地に安全に早くたどり着かなくてはならないし、炊事、テント設営、冬山ならスキー、岩場ならクライミングまで、幅広い技術と知識が求められる。しかも、山岳部の大会は基本的にチーム戦である。僕の他にも数名の部員が必要だった。

「それでもやる気はあるか?」

先生は僕の目の中に宿っている決意の固さを覗き込みながら言った。僕のことを試しているのだ。もちろん決意は固まっている。

「やめときます!」

先生に一礼をして部屋を出た。完全に山岳部をナメていた。ムリだ。そもそも筋金入りの方向音痴だし、なによりも山岳部に一緒に入ってくれそうな友達などいないではないか。

「こりゃあダメだ。」

僕は再び途方に暮れた。この有り余る青春のエネルギーをどこにぶつければ良いのか?

僕は悩んだ。悩んだ。悩んだ。

悩める僕の傍を颯爽と、ある一団が通り過ぎて行く。

「あれは! 」

去りゆく彼らの後ろ姿を目で追いながら、僕は決意を固めたのだった。

「陸上部に入ろう!」

そして僕は陸上部に入ることにした。

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