カーリングストーンの話(その1)

カーリングストーンは石でできている。素材の花崗岩は「スコットランドのアルサクレッグ島(Ailsa Craig)でしか採れない」「唯一無二の素材」などと紹介される場合があるが正確にはそうではない。
 
たしかに2023年現在、世界連盟(WCF)が主催イベントで使うストーンは全てアルサクレッグ島産の花崗岩でできたものだ。しかし、誤解をおそれず言うなら、それはWCFとKays(ストーン製造会社)が使用提供契約を結んでいるからに過ぎない。
 
古くは鉄製のストーン(おかしな表現だが!)が使われていたこともある。1900年ころまで、カナダでは金属素材のストーンが主流だったらしい。カナダ選手権(Brier)の創始時に花崗岩製のストーンの採用が決まったため金属製のストーンは衰退したそうだ。
 
競技規則を読んでいただければわかるのだが、重さや大きさには定めがあるが素材の定めはない。ただし、ストーンの素材には2つの条件がある。ひとつは「硬い」(高密度で摩耗・風化しにくい)こと。もうひとつは「粘り強い」(衝撃に強く割れにくい)ことだ。
 
氷に接する面は「硬く」なければすぐすり減ってしまい、使用に耐えなくなる。石とぶつかる面は「粘り強く」なければすぐに割れてしまう。しかし、この2つの条件を高度に満たす素材は存在しない。ざっくりいって硬いものは割れやすいし、粘り強いものは柔らかいからだ。
 
初期にはこの2条件をある程度満たす素材が採用された。時代が進むと、氷に接する底面(エッジ)と本体(ボディ)を別々の素材でつくり、組み合わせるという技術が開発された。「インサート」といって、現在、我々が(日本で)見るストーンはほとんどがインサートストーンだ。
 
昔の石はよく割れたらしい。高価な石ほどよく割れた(「硬さ」を優先していたから)。だから競技規則には石が割れた場合のことが定められている。最近の石は割れにくいので規則のお世話になることは滅多にないが、全くないわけではない。最近だと札幌で1個割れた。
 
これらの条件に適合するストーンを製造する事業者はかつていくつもあった(日本にも)。素材もひとつやふたつではなかった。時代を経て淘汰され、現在は世界で実質2社しか存在しない。もちろん優れた製品を提供したから生き残ったという面もあるが、経営者の健康状態などに左右されたケースもあった。
 
生き残った製造事業者のひとつがスコットランドのKays社で、彼らが原材料の採掘先としているのが有名なアルサクレッグ島だ。島は個人の所有物で(エイルサ侯爵)、Kaysは公爵家から代々独占的な採掘権を受けている。
 
彼らは1851年からカーリングストーンを製造しているそうだが、かなり以前に日常的な採石をやめてしまい、今は10年に1回程度の割合で原材料を船で採りに行っている。直近の採石は2020年に行われ、WCFのYouTubeチャンネルでそのときの動画を見ることができる。
 
もうひとつ生き残ったのがカナダのCanada Curling Stone社だ。ウェールズのTrefor(トレフォー)採石場に採掘権を持っている。トレフォーはアルサクレッグほど「固く」ないが、きわめて「粘り強い」。
 
高い耐久性が愛され、北米ではクラブストーン(施設に備え付けの日常用いられる石)として結構使われている。採掘量が豊富で、インサートではない石も製造しているし、底面にアルサクレッグストーンをはめ込んだインサートストーンも製造している(ハイブリッドストーン)。
 
国内のホールで見る石はアルサクレッグ産のものが多いが、カナダに行くとトレフォー産もよく見かける。(私は見ただけで大体わかります)
 
いずれも優れた素材であることには違いないが、カーリングストーンはさほどの需要があるわけではないから、代替素材が真剣に探索されたわけではない。ほかにも適当な素材が見つかる可能性は十分にある。だから「唯一無二の素材」という表現は誤りだ。
 
ただ、この100年ほどで、両素材に対する加工技術が特殊・高度に発達し、今のところ資源枯渇のおそれもないから、あえて違う素材を検索したり、使用するインセンティブは低い。WCFもあと100年くらいは主催イベントの使用ストーンを変更するつもりはないはずだ。
 
さて、この話を全部するにはあと100か200ツイート必要だ。だから今日はこれくらいにしておこう。
 
連休前にすべき事は大体片付いた。あとは明日、職場で「事件」が起きない事を祈る。
 
2023年5月1日にツイート

 
 

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