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054.自己紹介➀|1995~1997年頃|僕が障がいがある人たちの旅行企画を取り組もうと思った理由

近畿日本ツーリスト株式会社でユニバーサルツーリズム推進を担当しています。
 
今年で、障がいがある方の旅行商品・サービスなどの企画・販売等の業務を行なって、25年が経ち、これからのユニバーサルツーリズム推進活動をどのようにするかを考え、そのひとつのアクションとして、仕事ではなく、個人の活動で、「Note」やWEBサイト作成等による旅行に関するバリアフリー情報配信を行なうことにしました。

活動できる領域や時間が限られているため、どこまで価値のある活動が出来るかはわかりませんが、これからも当事者の方々に寄り添いながら、様々な活動を行なっていきたいと考えています。
 
今回は、自己紹介を兼ねて、25年間のバリアフリー旅行の取り組みについて、振り返る機会にしたいと思います。
 

<1> 最初は, 障がいがある人の旅行について, 考えたことはなかった。(新卒入社した会社にて)


学生の頃、旅行会社で働きたいと思ったのは、旅って、カタチのないものだけど、非日常の中で、様々なひとや文化、歴史に触れ、新しい価値観等に出会い、人として成長するキッカケが沢山詰まっていて、それを商品として提供することが出来るとっても価値のある仕事だから。
 
1994年に、新卒で、旅行会社に勤めはじめた時は、海外旅行の格安パッケージツアーの全盛期。リクルート社から発売されていた「ABロード」という旅行雑誌に、グアムやサイパン、ハワイのツアーを企画(海外ランドオペレーターからホテルや航空券を仕入れて、旅行代金を設定等)して、それらの商品を雑誌に掲載するための原稿作成に追われる毎日を過ごしていました。

<2>何のために,誰のために働くのか?


この頃、海外旅行の価格破壊が起こり、会社の業績を上げるために、いつしか、旅行商品を“安く仕入れて、スーパーの特売で、どんどん売りさばく大根のようなもの”として取り扱うようになりました。
 
会社員である以上、その状況を受け入れなければならない自分と、この仕事(業務)に価値を見出すことが出来ない自分で、気持ちが大きく揺れ動く時期が、入社後3年半も続きました。
 
 

<3>祖母が,療養型病床群へ入所したことがキッカケ(自分だったら…)


社会人になりたての頃、祖母がクモ膜下出血で、療養型病床群に入ることになり、数か月に1度、お見舞いに出掛けるようになりました。
 
何度も通っているうちに、違和感を覚えたのが、いつ訪ねても、➀日中でもほぼ寝たきり(寝かせきり)、②室内は電気を消されていて薄暗い…という状況。事情を理解していなので、当時はそれが当たり前の(仕方がない)こととして、捉えていましたが、それ以降、祖母を含むここにいる人たちの(これからの)人生について、考えるようになりました。
 
この頃、「人生は何が起こるかわからないということ」、「病気やケガをしたら、自分のやりたいこと(いつまでも旅行に出掛けたい)ができなくなる」という事実を実感するようになりました。
 
 

<4>漠然と,思ったこと


そして、病気やケガをした人たちの旅行環境(旅行会社の取り組み等)について、考えるようになった。
 
入社2年目の夏休み(10日間程)を利用して、国立国会図書館に出掛けて「障害者旅行」「車椅子旅行」「身障者旅行」のキーワードで全国の書籍を検索し、10冊程を読みました。

<5>ある本との出会い


その中の「障害者旅行ハンドブック(もっと優しい旅への勉強会 編、草薙威一郎 監修)」という本が、僕の背中をぐぐっと押してくれた1冊になった。
 
この本を読み終わった後、発行者である「もっと優しい旅への勉強会」に連絡をとり、会合(勉強会)に参加させていただきました。
 
そこには、障がい者旅行を何年もやられている旅行会社の方や、学校の先生、航空会社の障害者受付担当者、ホテルの方、学生さん、当事者など、様々な方々が、障がい者旅行の未来について考え、全国の先進的な事例を共有したり、イベントを開催したりしていました。
 
特に、旅行会社で障がいがある方をサポートしている方が多く参加されていて、ものすごくワクワクしたことを覚えています。
 
 



<6>あっけなく,撃沈


将来の人口構成(人口ピラミッド)で、20年後(2020年頃)には、超高齢社会で高齢者の旅が一般化すること、障がい者の自立が進み社会で活躍できる時代になること、他社が参入しにくいこと(効率重視のだけの旅行会社が、障がい者対応を拒んでいた時代)等を(ブルーオーシャン)理由に、わが社において、障がい者旅行事業への参入を提案しましたが、社長から「そんなのやる価値がないし、儲からないでしょ…」と、あっさり撃沈。

1995年時点での人口ピラミッド(20~25年後は、高齢化が加速することが予想できる)

<7>新しい時代の幕開け!の予感…


入社して、3年が経った頃の、ある日。朝刊を読んでいると、「株式会社近畿日本ツーリスト・クラブツーリズム営業本部が、障害者専門デスクを開設」という記事が目に飛び込んできました。それまでも、「もっと優しい旅への勉強会」で出会った旅行会社の先輩のように、すでに障がいがある方を対象にした旅行の取り組みはされていましたが、“専門部署”というのは画期的なことでした。 すぐに近畿日本ツーリストに電話をかけ、採用があるかを問合せました。
 
障害者専用デスクだけの採用はもちろんありませんでしたが、採用面談(最終面接)で、“障害者専用デスクでなければ、不採用にしてください”と、条件提示をさせていただき、なんとか転職に成功しました。
(最初の会社を退職するとき、退職する会社の社長から“ゼッタイに上手くいかないから…”とお言葉をいただき、更にやる気がUPしたのを覚えています。笑)
 

<8>いよいよ,スタート!


1997年7月。こうして、9年間にわたるクラブツーリズムでの新たな挑戦(バリアフリー旅行の事業化)が始めりました。(続く)
 



全国バリアフリー旅行情報センター/note
要介護のご高齢の方たちが、旅を通して、いつまでも自分らしく、より豊かな人生を過ごすために、noteを活用して全国のバリアフリー旅行情報を発信して、ユニバーサルツーリズムの推進活動に取り組んでいます。

■伴流高志|banryu takashi (プロフィール
1997年より、要介護高齢者及び障がいがある方と、そのご家族の旅行企画・販売(バリアフリー旅行)に携ってきました。介護福祉士の資格を取得し、世界72か国・国内47都道府県すべての地域のバリアフリー旅行(添乗員同行の募集型企画旅行商品)の旅行計画・手配・添乗業務を行ないました。今後は、個人向けのバリアフリー旅行の普及にも貢献したいと考え、本サイト(Note)を運営しています。

■全国バリアフリー旅行情報センター
2020年より、要介護高齢者や車いすユーザーが旅行に出掛ける際の「宿探しの手間」を少しでも省くことを目的に、バリアフリールーム・ユニバーサルルームの設備があるホテルを紹介するサイトを運営しています。(個人)

近畿日本ツーリスト株式会社/ユニバーサルツーリズム推進活動
2018年より、長年取り組んできた(物理的な課題を解決する)バリアフリー旅行*募集型企画旅行から、東京オリンピック・パラリンピックを契機に、超高齢社会や共生社会をキーワードにした様々な社会課題を、異業種や地方自治体と連携しながら解決していく社会課題を解決を目的としたバリアフリー旅行の企画提案を行なっています。また、2019年より、全国の中学・高校・専門学校・大学へ、生徒向けの「心のバリアフリープログラム」企画提案を行なっています。

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