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#73 解体工事のお知らせ

 近所に小規模のいわゆる町病院がいくつもあるのだが、そのうちの一つに「解体工事のお知らせ」が貼ってあった。そのちょっと前には「売地」とあったのを覚えているので、無事に買い手がついて、上の建物を取り壊そう、という話であるものと思われる。もうすでに木の扉なんかは腐食してボロボロになっておる。

 昔、幼い息子をエルゴ(抱っこ紐である)にくくりつけて近所をウロウロしていたころも「病院が多いなぁ」という感想があった。なので、いっとき「定期検診はあちこちの病院をバラバラに巡ってみよう」と思いつき、あちこちに顔を出していたことがある。その中の一つ、6か月検診はここの病院でお世話になっている――その後かかりつけになる小児科には、検診の病院がバラバラなのに苦言を呈された。むべなるかな。

 昔の病院なのでドアノブのついた木のドアが入り口で、正方形のような待合にはぐるりと長椅子が備え付けられ、二三人の老婆が順番を待っている。
 父親歴半年野郎が「健診、よろしいでしょうか」と老齢の看護師さんに聞くと、刹那驚いた顔をされたが「どうぞどうぞ」と迎えてくれる。
 旦那さんが医師で奥さんが看護師の二人経営であることがわかる。今考えれば「もう歳だし、今までの馴染みの患者を相手にしながら細々やっていこう」みたいなノリのところに、急に若い(三十代中盤だし若くもねぇけど、相対的に)お父さんが闖入してきたかたちだ。医師も顔だけ見るともう70後半か、ともすると80か、という歳に見えるが、髪の毛だけは真っ黒に染めていてぺったりと頭皮に張り付いている。看護師さんが妙に張り切って準備をしたあたりで「おや」と思ったのだが、奥の倉庫らしきところから乳児用の身長台(あの、手動の裁断機みたいなやつだ)だのカゴ付きの体重計だのを引っ張り出してふきんでホコリを拭っている。

 それからというもの「えーとナニすんだっけ」とオロオロする老先生に、ハナから仕舞いまで「身長測るんだから足を抑えててください、ほら、それから体重はここに座らせて……」なんてな指示を出すのは奥方、ぢゃないや看護師長殿である。「瞳孔です。瞳孔わかりますかお父さん」眼の前で夫婦善哉、どったんばったんありまして、母子手帳に記録がなされていく。今見ると割合にピンシャンとしたいい字をしている。健診が終わって待合に戻ると、まださっきの老婆たちがそのまま残っている。このまま夕方まで居座るのだろうか。

 とまぁ、そんなことがあったのがもう七年も前のことだ。
 そらもうね、七年もあれば町も変わろうというものです。あの先生もどうしたかね。死んだんだろうね。生きているのかね。この病院に行ったのは後にも先にもこれっきりだけど、あの髪の毛を黒くぺったりと染めた感じだけは強く印象に残っている。

みなさんのおかげでまいばすのちくわや食パンに30%OFFのシールが付いているかいないかを気にせずに生きていくことができるかもしれません。よろしくお願いいたします。