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小説『琴線ノート』第13話「DNA」

自分がアイドルに作曲で提供した曲を
SNSでカバーしていたのをたまたま見つけ
歌声とその風貌に惹かれた女の子が今
自分の部屋でマイクに向かっている
何か有名人が画面から飛び出して
目の前の現実にいるような不思議な感覚だった

ヒナ太は想像していたよりもいわゆる普通の子で
バンド上がりの自分が変な人と思われないように
最大限の気配りで接するようにして
慣れない女子との世間話も頑張った

一応有名アイドルに楽曲提供をしているので
彼女に悪い印象を与えてそれをどこかのSNSで
愚痴られてもその有名アイドルに迷惑をかけるかもしれない
いや、自分にそんな影響力はなく
本心を言うとただ良いふうに見られたいだけかもしれない

とはいえ今日はを仮歌ちゃんと収録しないと意味がない
どこかテンションが上がっている自分をなだめ
ヒナ太をマイクの前に立ってもらうよう促す

本当は歌ってもらいながら自分の耳を近付け
口とマイクの距離だったり口元のどの辺りが
一番良い音で声が響くか確認してそこを
マイクで狙いたかったが
流石に初対面の女子にそれは気が引けてしまい
チラチラと口元を見るキモい隠キャになってしまった

気を取り直して自分のスイッチを集中モードに切り替え
ヘッドホンをしてヒナ太にもヘッドホンを渡す

マイクの音量が大きすぎると音が割れて
歪んでしまうのでまずはその確認で
大きめの声を出してもらう

「あー、あー、」
恐る恐るマイクに向かって声を出すヒナ太
バイトの初日のようなか細い声で
すぐにマイク慣れしていないのがわかる

良い仮歌が録れるのか心配になってくる
自分で呼びつけておいて勝手だけど

「じゃあその場でアカペラで歌ってもらっていい?」
そっちの方がテストには向いていそうだと思い
ヒナ太に声をかける

一呼吸おいてヒナ太が歌い始める
「君が笑う白いパノラマ♪雪をまとった相合傘♪」

ヘッドホンの中に自分が惹かれたヒナ太の歌声が響く
少し息が入ったような儚いウイスパーボイス
ピッチは完全な正確ではなく不安定なところもあるが
それがなぜか心地よい

思わずヘッドホンを外して彼女の生声を聞く
無音の部屋に彼女の歌声が響く
やっぱり良い歌声だ

彼女はマイク慣れしていないのではなくて
声を出してと言われたからただ声を出しただけで
歌うとなると別のスイッチが入るんだ

その後淡々と録音作業に入り
多少メロディと歌詞のハマりが間違っていたくらいで
歌自体は何も問題なく仮歌の収録作業が終わった

ここはこう歌って欲しいと言うリクエストも
自分の少ない語彙力を彼女は自分で咀嚼し
色々な表情の歌声を聴かしてくれて
いつの間にか自分が隠キャだったことも忘れ
クリエイティブな時間が過ぎていった

録音後に感じていた疑問をヒナ太に聞いてみた

「マイクでレコーディングするのって
カラオケとかとは全然違ってごまかしが効かないから
初心者は大抵上手くいかなそうなんだけど
全然そんな気がしないのはなぜ?
しかもまだ誰も歌ったことがない曲なのに」

すると彼女は首を傾げつつ少し嬉しそうに
「なんでだろう。カバーいっぱいやってきたからかな」

と答えた後に少し考えてから続けて言った

「あと父親が音楽の仕事をしてるからDNA的な?」

それは初耳だった

次回へ続く

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