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小説『琴線ノート』第11話「独り言」

ヒナ太が仮歌を入れてくれる日が2日後の
平日の午後に決まった
場所はこの自分の部屋で行うことになった
リハーサルスタジオで録るのも考えたが
ヒナ太が偶然電車で来れる距離に住んでいるのと
この部屋はたまたま構造的に歌とアコギくらいなら
よほどの大きさな音でない限り
苦情も来ないのでそうなった

本当のことを言うと出費を抑えられるのが助かる
「七色スマイル」の印税も話によると入ってくるのは
半年以上先になるようではっきり言って貧乏なのだ

曲の方は今日中に仮歌を録れる状況にできそうだ
楽曲を作っているとつい盛り上がってしまい
オーダーから違うものができてしまうことがあるので
最近はオーダーシートをプリントアウトして
目の前の壁に貼り付けていた

楽曲募集要項:
・女性アイドル〇〇の次期シングル用
・冬の恋愛の曲
・早くも遅くもないテンポ感
・今流行りの曲〇〇のようなSNSでバズる要素
・コンペ形式

ゆくゆくは音楽プロデューサーを目指すべく
実力と経歴を積むために今は作曲家と名乗っている
バンド時代は月に1曲くらいのペースで作っていたが
この道に入るとその十倍書くことになる
最初はネタが尽きないか心配だったけど
やっているうちに作曲のアンテナが張り巡らされ
ネタも増えていくので問題はなかった
作った曲が30曲を超えた頃には
先方のオーダーにきちんと沿ったものが
ほぼ作れるようになっていた

「うん 今回もそれっぽい曲ができたぞ
あとは仮歌を入れてミックスでバランスを取ればOKだ」

作曲家を始めて自宅に籠ることが多くなった副作用で
思ったことが口から漏れて独り言が多くなった

コンペ形式なので作るのは1番だけの
1コーラスと呼ばれるものだ
それだけで曲の良し悪しを判断される訳だけど
それくらいのサイズなら調子が良ければ2日で作れる

ギターを持ってメロディーとコードを考えて
パソコンの音楽ソフトを立ち上げて
ドラム、ベース、ギター、ピアノなどを入れていく
バンドではギターを弾いていたし
ベースも少し弾けるからそれは自分で弾いて録音し
それ以外の楽器は打ち込みで作っていく
出来たカラオケに歌を入れてバランス調整をすれば
デモ音源の完成だ

歌詞は「ラララ」でも許されることがあるが
自分の場合それだと曲の良さが伝わりにくい気がして
仮の歌詞を自分で作ってそれを入れるのが基本だ
歌詞を考えるのは作曲と同じくらい大変だけど
お世話になっている先輩に

「楽しないで仮歌詞は絶対に書くように
仮とはいえ楽曲選考の判断基準になることもあるし
そのまま通って作詞も採用されることがあるから」

と言われて以降必ず自分で書くようにしている
確かに作曲と作詞の印税も同額な訳だし
プロを目指すならその辺りも大切なことだ

ヒナ太は仮歌が初めてのようなので
できるだけ早く録る曲を聞かせておいてあげたい
本当なら仮歌を歌ってくれる人が
覚えやすいように用に仮の仮歌を作曲者が
入れて聞かすのが一番相手に負担がない
だけど自分の歌を聞いてヒナ太が覚えたら
その歌い方を真似してしまって
自分が欲しいヒナ太の歌声の良さを無くしそうで
結局メロディーのガイドをシンセサイザーで
入れたものと歌詞カードだけをヒナ太に送り
「詳しくは現地で」という文言を添えた

やるべき業務を終えてあとは当日を待つ状況になり
落ち着いた矢先、心臓がなぜかドキドキする
自分がバンドマン出身のくせに女の子と話すのが
苦手な隠キャだという事実を忘れていたのだ

女の子と二人きりでさらに自分の部屋だなんて
うまく自分に取り仕切れるのか

「とりあえずこの散らかった部屋の掃除から始めるか」

独り言がまた出ていた

次回へ続く

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