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小説『琴線ノート』第2話「再生ボタン」

午前10時半に目が覚める
体はびっくりするほど重い
そうだ昨日下北で散々飲んだんだっけな

楽曲制作の打ち合わせもしたはずなのに
ほとんど覚えていないのはいつもの事
音楽業界の人は本当に何かとつけて飲みたがる
だから酔って忘れてもいいように肝心なことは
スマホのメモに必ず打ち込むようにしていた

布団の中で迷子になっているスマホを探し出し
昨晩のメモを確認しようとロックを外す
するとSNSのアイコンに大量に通知マークがあった

なんのことかわからずSNSを開くと
自分のコメントに大量のGoodが押されているようだ

そうだ 昨日自分が有名アイドルに作曲した
「七色スマイル」のカバー動画にコメントしたんだ

そこには

「作曲者本人あらわる!!」とか
「七色スマイル大好きです」とかの好意的なものから
「メロディがどっかで聞いたような量産型の曲」や
「承認欲求乙」などの否定的なものまで
大量に自分のコメントに返信が付いていた

酔っていたとはいえ完全に魔が刺した
「七色スマイル」は作曲はしたけど編曲はベテランさんだし
作詞に関しては自分より100倍知名度もある
人気作詞家のものでタイトルもその方が決めている
自分に至っては完全なるペーペーなのに
調子に乗っているような印象を受けるコメントだ

コメント自体を削除できないかと
もう一度そのカバー動画のページへ飛ぶ

「走り出した二人を包み込んだ恋の太陽〜♪」
赤々しいインナーカラーが印象的な女の子がアコギで
「七色スマイル」を歌っている
シラフで聞いてもやっぱりいい歌声だ
自分のコメントのことを忘れて改めて聞き入っていた

原曲のアイドルたちは可愛らしく歌っているのに
彼女はそのイメージを感じさせないオリジナリティがある

やっぱり僕に彼女の歌、むしろ人間に興味があり
彼女が自分のコメントにどうリアクションしているか
それが気になってコメントをあさった

でも彼女のリアクションはなかった
まあ無名の作曲家だしSNSのフォロワーも
彼女の方がぶっちゃけ全然多い
諦めつつ彼女の他の歌も聴いてみたくて
過去の投稿されているカバー動画をあさっていた最中

ピコン

一通のDMが届いた
送り主はその弾き語りの彼女だった

メッセージ:
「コメントありがとうございます
唐突で申し訳ないんですけど

私に作曲を教えてくれませんか?」

音楽プレイヤーの再生ボタンを押したように
僕と彼女のストーリーが動き出した

次回へ続く

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