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小説『琴線ノート』第3話「言い訳」

「私に作曲を教えてくれませんか?」

彼女からの唐突なメッセージを受けて
僕の思考は一瞬混乱したが整理して考えると
メジャーアイドルに楽曲提供経験があるわけだから
一応プロの端くれなわけで
向上心のあるアマチェアミュージシャンからしたら
そんな人間に教えを乞いたいのもあるかもしれない

確かに彼女の投稿はカバーの歌ってみた動画ばかりで
オリジナル曲はまだ無いようだ
まずは有名曲のカバーでフォロワーを増やしてから
オリジナル曲を発表して活動するパターン多いが
察するに作曲はしたことがないのか
自信がないかのどちらかなのだろう

正直彼女には興味があるが
作曲を教えるとなると話は全く別で
問題は自分が作曲を誰かに教えたことが無い事だ
言ってしまえば教わったこともない
だからいい先生になれる自信も全くない

相手は一応プロとして見てくれているのだろうから
その期待に答えられずかっこ悪い姿を
見せたくないというのもちょっとある

本当の事を言うと自分はバンドマンだったくせに
女の子と話すのが苦手な隠キャという決定的な
要素も持ち合わせていた
おかげでどう返信していいのか全くわからない

スマホを見つめたまま硬直状態が続いたが
昨日打ち合わせした楽曲制作も
始めないといけないので一旦置いておいて
当初の目的である昨日の打ち合わせのメモを見る

楽曲募集要項:
・女性アイドル〇〇の次期シングル用
・冬の恋愛の曲
・早くも遅くもないテンポ感
・今流行りの曲〇〇のようなSNSでバズる要素
・コンペ形式

相変わらずヒントが少ないけどこれで
楽曲を作らなければならないし
コンペなので決まらなければ一銭も入ってこない
今の所勝率は50戦1勝くらいで
その1勝が有名アイドルに採用してもらった
「七色スマイル」だ
勝率でみると負けまくりだけどやっとの思いで
決まったのもあって今やる気に満ちているところだ

メモの続きには

・女性仮歌必須 男性仮歌やガイドメロディはNG

とあった
仮歌とは作曲した曲のデモに仮で入れておく歌で
これまでは男性用の曲も女性用の曲も
全部自分で仮歌を入れていたので
女性のボーカリストを探してこなければならない

知人に頼もうかと思ったが
僕の頭の中に一人のボーカリストが
猛烈に浮かび上がる
SNSでDMをくれた彼女に頼むのはどうか?

作曲を教えるかは置いておいて
仮歌を入れるお願いをすると言う
メッセージを返信するの理由ができた

大義名分を得た隠キャが
彼女に返信するメッセージを打ち始める

彼女の歌声に興味があったが
この時点でもうそこだけじゃなかったのかもしれない

次回へ続く

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