小説『琴線ノート』第28話「色」
ピコンとスマホに「着きました〜」と通知が届く
ドアを開くと相変わらず赤々としたインナーカラーの
ヒナ太がぺこりと頭を下げる
もう仮歌の録音も三回目になると迎えに行かなくても
自分で部屋まで来てくれるようになった
「いつもカラーが安定してるけど美容室まめにいくの?」
「もうこうじゃないと落ち着かなくて。。」
もうすっかり雑談くらいは出来るようになっていた
女性と二人きりが苦手なのはきっと
大勢から急に二人きりになるのが苦手なようで
ヒナ太とは最初から二人きりなのでだいぶ慣れていた
音楽という共通の目的があるというのも
きっと少し、いや、かなり大きいのだろう
最近はコンペの案件が女性アーティストや
女性グループが多いのであれからは自分で歌わずに
ヒナ太を呼んで仮歌を入れてもらっている
当然と言えば当然だけどその方が先方の
リアクションが良いと恩田さんにも言われたし
二回目に仮歌を入れてくれた曲は先方から
キープしたいとの連絡があったくらいだ
ものすごく期待してしまうけど恩田さん曰く
「100分の1が20分の1になったくらだろ」と
変に期待しないように釘を刺された
ヒナ太は仮歌というか音楽制作自体に
興味があるようで交通費くらいのギャラでも
楽しんで仮歌を録りにきてくれるようだった
仮歌を歌ってもらい、終わると曲作りの
アドバイスをするというギブアンドテイクな関係だ
「お疲れ様でした〜。もうすっかり慣れたね。
初めての時から比べて半分くらいの時間しか
かかってないよ」
「今日のは覚えやすかったんですよ。
ところでちょっといいですか?」
ヒナ太が少し恥ずかしそうにこちらを伺った後
気持ちに少し勢いをつけるように前のめりに
スマホを出す
「初作曲の曲が出来たんですけど聞いてもらえます?」
「おぉそうなんだ!聞こう聞こう!」
少し前に曲はできたけど歌詞が作れないと
電話でアドバイスをした後からどうなったのか
少し気になっていたのもあるし
そもそもヒナ太がどんな曲を作るのか興味があった
早速スマホに無線のスピーカーを接続して
曲をかけてもらうと
ゆったり目のテンポでアコギのストロークが始まる
バラードまで行かないゆったりとしたテンポの
普遍的なアコギ、普遍的なコード進行のポップな曲だ
まぁ最初はそうだよね
それでもヒナ太が歌いはじめた瞬間に
明らかにその楽曲には何かしらの“色“を感じていた
髪は赤色だけど、曲は鮮やかな緑だ
曲としては荒削りな部分が多いけど
そんなイメージが浮かんできた
前に恩田さんが話してくれた
「風景とかカラーみたいなものがイメージできる曲が
良曲で、そんな曲ほど採用されやすい」
という言葉が浮かんできた
恥ずかしいのかこちらをみないようにしている彼女
才能の一端を感じ驚きで彼女を凝視してしまう自分
ヒナ太が伸び伸びとサビを歌う歌声が
二人の間を通り過ぎていった
次回へ続く
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