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小説『琴線ノート』第15話「大人で子供」

私の歌は小川さんにどう聞こえたのだろう
SNSのカバー動画では褒めてくれたけど
カバーは“オリジナル”と言う完璧なお手本があって
それを真似れば良いだけだけど
この仮歌は小川さんが作った曲でまだ
誰も歌っておらずお手本がないから正解がわからない

「私の歌どうでした?」
と聴いてみたいけれどなかなか言い出せない

すると小川さんの方から振ってくれた

「マイクでレコーディングするのって
ごまかしが効かないから最初は難しいのだけど
全然そんな気がしないのはなぜ?
しかもまだ誰も歌ったことがない曲なのに」

確かに歌いにくさはなかった
初めて聞くメロディでも自分で歌うなら
こんな感じだろうと言うのはなんとなくあった
でもこれはきっと褒めてくれているのだろうと
安堵を感じながら思った事を返した

「なんでだろう。カバーいっぱいやってきたからかな」

やっぱカバーをたくさんやってきたから
歌い方のバリエーションもいつの間にか増えて
それを動画にしてきたから“自分の声“にも慣れた

でもヘッドホンしてマイクに向かって歌うのに
違和感がなかったのは父との遊びもあるかと思い
言わないつもりだったけど褒められた嬉しさで
つい言葉がこぼれる

「あと父親が音楽の仕事をしてるからDNA的な?」

小川さんは一瞬固まってから身を乗り出して
「マジで!?」
と聞き返してきた

私のカバー動画で小川さんがアイドルに作曲提供した
「七色スマイル」をアップしたのを見つけてもらったのが
今回の仮歌のきっかけになったわけだけど
その「七色スマイルの」編曲は父が手がけている
私はなぜかその事を言い出せないでいるのは
きっと打ち明けることで小川さんの私に対する態度が
私の望まないものになる気がしたから

「なんか音楽関係の色んなことをやってるみたいです
あまり仕事の話はしないから詳しくは分からないですけど」

咄嗟に半分嘘で半分本当の事を口にして
「この曲はどうやって作ったんですか?」
と話題を変えようと話しの舵を切った

「どうやってって?作り方?きっかけとかテーマについて?」
しまった
咄嗟の質問で大雑把すぎた
それでも仮歌の録音が終わったら作曲についての
話をしてくれると言う約束だったので話題はスムーズに
作曲についてに流れていった

“父が音楽関係の仕事”と言うことに
多少引っかかっていたのか小川さんは
“それは知ってたりする?”と探るように話をしていたが

そのうちそんなことは忘れてしまったかのように
作曲の時に使う楽器やコード進行の選び方
メロディーの作り方やパソコンで使うソフトや
歌詞の書き方など覚えきれないほど
たくさんの話をしてくれた

とても受けきれない情報量だったけど
最初は人見知りなように見えた小川さんが
夢中になってずっと話している姿を見ているだけで
音楽への情熱が溢れているのがわかって
そんな熱さを私も持ちたいと思うようになっていた

父は“なかなか気合いがある子らしい”といっていたけど
私の目にはただただ音楽が好きな大人の形の子供
そんな風に見えていた

次回へ続く

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