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小説『琴線ノート』第6話「空」

「今すぐ音楽はやめた方がいい」

いつもはゆるい性格で厳格とは真逆のタイプの
父から投げつけられた初めての厳しい言葉

私は私なりに頑張っているしそこそこ数字もある
何が悪いのか、SNSをやってない父に何がわかるのか
そんな思いが唾液に混ざり押し込むように
唇に力が入る
その表情を見るだけで察するのか
父はリアクションを待たずに続ける

「俺は音楽家だから歌や演奏を聞けば
その人間がどんな思いで音楽をしてるかが
透けて見えるんだよ。

誰かの心に寄り添いたい
落ち込んでいる人に勇気を与えたいとかの
真っ当な理由もそうだけど

私をみて欲しいとか、自分の技術は凄いだろうとか
なんだったら女や男にモテたいってのも
十分音楽をやる理由になるし
音楽ってそのマインドから生まれるものだ

だけどお前はその理由が空っぽなんだよ
川に落ちて流れる葉っぱと同じで
ただ運ばれてるだけで進んでいると勘違いしてる

この動画の曲だって量産型のアッパー曲とか
思って歌ってるだろ?
作曲家が作った何百何千とある曲の中で
この曲が選ばれる理由があるんだよ

それを汲もうとしないで視聴数とか
意味のないものを追ってるんだった
お前は向いていないし時間の無駄だ
音楽は趣味の方がはっきり言って楽しめるぞ
今しかできないことが他にいっぱいあるだろ?」

初めて聞く父の真面目な音楽論にめまいがする
スマホの中では褒められることばっかりなのに
音楽で食っていて、私も食わせてもらっていた
本職を前に相手が悪かった

「でも流石は俺の子、歌はまあまあ歌えてるから
カラオケで人気出るぞ」

父はもう普段モードになっておちゃらけているが
私はその前の言葉が頭の中でループ再生されていた

その夜、自室で電気もつけずに投稿した動画を
ベッドで仰向けになりながらぼんやり眺める

私の音楽は空っぽ

そう言われたことがショックだったんだ私

その思いとは裏腹に再生数とコメントはそこそこ伸びている
コメントもよく見れば私を称賛している訳ではなく
この曲を歌うアイドルのファンの交流の場みたいなものだ

私の事は目に入っていないんだろう
そう思いながらスクロールしていくと
唐突に一つの新着コメントが入った

「七色スマイルの作曲者ですめちゃくちゃいい歌ですね」

空っぽの私に少しだけ何かが注がれたような気がした

次回へ続く

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