小説『琴線ノート』第24話「談義」
ヒナ太が仮歌を入れてくれた曲を聴き終わると
恩田さんは少し考えるようなそぶりを見せてから
「仮歌としてはいいんじゃないか?」と答えた
“仮歌としては”というのが“それなりに”という
意味に聞こえてしまうが恩田さんには
どう聞こえていたのかがもっと知りたくなった
「仮歌やるの初めてだったみたいなんです
個人的にはいいなって思うんですけど
恩田さんからするとどんな印象でした?」
そう聞くと恩田さんは
「そうだなー。”仮歌として”でいうのなら
初めてにしては伸び伸び歌ってる感じがするから
歌う事に慣れているというか好きなんだろうな
強いていうなら今回はアイドルの曲募集だから
もっとストレートな歌い方した方が
提出先のクライアントはイメージが付きやすいかも
でもそれは奏多が録音の時にちゃんと
そう言う風に歌ってもらうようにディレクションを
しないとダメだぞー」
ザクっときた
確かにヒナ太がどう歌うかばかりに期待して
アイドル曲という根本のテーマをおざなりにしていた
「でも華のある声をしているからもう少し経験積めば
奏多のデモを”映え”させてくれるようになるかもな」
「デモ映えですか?」初めて聞いた言葉だ
「歌声がいいだけでデモのクオリティが
高く聞こえるもんなんだよ
選曲する側も何十何百とデモを聞くから
やっぱ飛び抜けてるデモは耳に残るし選ばれやすい
この仮歌の子は見込みあるから
奏多が育てるつもりでしばらく使ってみるといいぞ
それによって自分も得られるものもあるし
将来レコーディングの時のボーカルディレクションに
役立つはずだ」
今日も心に刺さることを言ってくれる
ついでにちょっと気になることも聞いてみた
「“仮歌として“はわかりました
ちなみに“仮歌でなければ“ならどうです?」
「仮歌じゃなくて1ボーカリストとしては
ちょっと歌がファッションに感じるな
自分がないというか見つけてないというか…」
「恩田さんにはそこまでわかっちゃうんですね。。」
流石一線のアーティストと関わってる人には
声だけで色々見抜かれてしまうんだな
自分もこんな人になれるだろうかと
不安と期待をビールと一緒に喉に流す
「なんだお前狙ってるのか?わははは」
「そんなんじゃないですよ!」
とその後しばらくヒナ太の歌だったり
ボーカリストとはの談義が続いた
「ところで奏多、この歌の子どこで見つけてきたんだ?」
と恩田さんが聞く
「たまたまSNSで『七色スマイル』をカバーしてた
動画を見つけてそれが良くてコンタクト取ったんです」
流石SNS世代だな〜と恩田さんはうなり
流れでアイドルに提供した「七色スマイル」の話になった
奏多
「七色スマイルの制作ってどんな感じだったのですか?」
恩田
「あれは楽曲採用の後にアレンジ発注とミックスに
立ち会ったくらいでボーカルレコーディングは
他の人がやった半分くらいしかわからないな」
奏多
「そうだ編曲の廣池さんってどんな人なんですか?
大ベテラン過ぎて僕なんか会うこともできなそうで…」
恩田
「廣池さんは面白いぞー」
僕はこの時まだその廣池さんがヒナ太の
父親だということを知らなかった
次回へ続く
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