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誰かと飲みたいウイスキー

「飲むでしょ?」

そう言って二つのグラスとウイスキーの瓶を器用に持ち、いつも通り、ニコニコしながらペタンと座り込む彼女の姿を見ながら、僕の心は少しザワついていた。いつものジムビーム。正直あまり好みではないが、彼女は、この高いとは言えない酒を、ロックでちびちび飲むのがお気に入りのようだ。二つのグラスに琥珀色の液体を注ぎながら、しかし意識は既に、テレビのお笑い番組に向いていた。

2年も一緒に住んでいると、初めて知り合った頃の気持ちは…薄れているわけではないけれど、新鮮さが無いことも確かで、やや退屈にさえ感じる。そもそも僕はスコッチが好きなのに、彼女が買ってくるウイスキーは、ジムビーム。マイペースなのか何なのか、よくわからない。

◇◇◇

二日ほど前、僕がいつものように仕事を終え、帰り支度をしていると、他部署の先輩から、急に声を掛けられた。

「ねぇ、君、ウイスキー好きなんだって?今日良かったら飲みに行かない?」

あまり交流は無いけれど、以前関わったプロジェクトで一緒に仕事をしたことのある、落ち着いた感じの女性。多分…自分より2,3歳くらい年上だろう。特に予定もなかったし、このところ外で飲む機会も減っていたので、快諾して軽く食事をし、バーへ行った。

先輩は、思った通り3歳上で、アイラウイスキーが好きだという。自分もアイラ、特にラガヴーリンが好きなので、すぐに意気投合し、会話も大いに盛り上がった。そう、彼女いるんだ。いいなー。私もウイスキーが好きな彼氏が欲しいなー、また付き合ってね?と、ぽんと肩に触れられて、悪い気持ちはせず…どころか、少々邪な気持ちを抱えながら、「ぜひ!」などと返事をしていた。

あの時先輩は、キルホーマンをストレートで飲んでいた。マキヤーベイ。よほどのスコッチ好きじゃないと、そんな銘柄を指定しないだろう。

だからなのか。目の前のジムビームが、酷くつまらないものの様に感じる。せめてソーダで割って飲みたい…などと思いながら、テレビから聞こえる、わざとらしい笑い声に、段々と意識が埋もれていった。

◇◇◇

「今日もどうかな!このあいだのバーに、いいの入ったんだって!」

自分のデスクで昼飯のサンドイッチに齧りついていた僕は、突然の背後からのインフォメーションに、肩を竦めた。あれから3日しか経っていないのに、この畳みかけるような誘いは、どう考えたらいいのだろう。単に飲み友達が欲しかったのか、それとも、自分に気があるのか。ほら!と、スマートフォンに映るツイッターの画面を見せながら、先輩は顔を僕に近づけ、仕事19時には上がるから、お店で待ち合わせね!と言い、足早に去っていった。

◇◇◇

何となくソワソワしながら19時まで仕事をし、帰り支度を始めたころ、自分のスマートフォンの小刻みな震えに気が付く。

「今日早く帰ってこれる?一緒に飲みたいんだけどな」

彼女からの連絡。何か引っかかるものを感じながら「今日は予定が入ったんだ、ちょっと遅くなる」と返し、会社を出ようと振り返ったそこに、ちょっと苦い顔をした、先輩が立っていた。

「帰ろうと思って通りかかったらさ、君が見えたから、声を掛けようと思って。でもごめん、ワザとじゃないんだけど、スマホの画面見えちゃった。それ、彼女さんじゃないの?」

全く想定していなかった問いに、一瞬どう返したらいいのかが分からず、え、そうなんですけど、先輩の約束の方が先だし…などと、いかにもダメっぽい男の返事を出してしまう。

「はぁ…君の事、少し気に入ってたけどさ、彼女よりほかの女優先しちゃ、ダメでしょ!今日はナシナシ!早く帰ってイチャコラしてろ!」

タイトなスーツの身体をキュッと回転させて、「今度は彼女さんもつれて来て!」と言い、ボーゼンとしている僕を残して、先輩はさっさと行ってしまった。

◇◇◇

家に帰ると、キッチンに居た彼女が驚いてこっちを見る。なに!?予定はどうしたの?いや、急に無くなってさ。それより、一緒に飲みたいって…

目線を下に向けると、ラガヴーリンのボトル。しかも12年カスクストレングス。え?どうしたのそれ。

「うん。前から、少しずつ、本当に少しずつ貯めててね、目標金額になったからさ、買ってきたの。君好きっしょ?ラガヴーリン。」

好きだけど…なんで?

「初めて二人で飲みに行ったときにさ、フツーの居酒屋さんでさ、二人でジムビームのハイボール飲みながらさ、あ、あたしはその時ジムビーム初めて飲んだんだけど、ウイスキーも美味しいんだな、って思ったの。」

うん…

「でね、その時君が『アイラっていう臭いお酒が好きで、その中でもラガヴーリンっていうのが好き』って言ってたんだよ?下唇を噛みながら『ヴ』とか言って。覚えてない?」

言った。酔っぱらってた。

「だからさ、プレゼントしようと思って調べたら、高いんだよねー。無理して買うより、少しずつ貯めてから買ったほうが、楽しいかなって思ってさ」

うん。いや、もっと高いスコッチは山ほどあるけど…そういう問題じゃない。

「でも、なぜ今?何かの記念日だったっけ?誕生日じゃないし、初デートも違うし、同棲した日も…」

「うん。本当は、君の誕生日まで待つツモリだったんだけどね。」

うん。

「最近、つまらなそうだったよ?マンネリ化しちゃったんだろうなーって思って。ここらでアイラの刺激をね!さ!飲も!」

「うん…ありがと…なぁ、もしかしていつもジムビーム飲んでるのって…」

「ん?そんなロマンティックな理由じゃないよ!安いから安いから!」

「そっか…ありがと。じゃぁ、チョコレート買ってくるわ。いいスコッチだから、チョコレート食べたいしね」

「フフフ…そういうと思って、買っておいたよーん。ごでばよ、ご・で・ば!」

◇◇◇

あーぁ…男って、馬鹿な生き物だな、ほんと。

「ハイボールでいいよね!ドボドボドボ…」

いやまって!まって!ストレートで飲ませて!!


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