『ポスト社会主義の政治』松里公孝著、ちくま新書、2021

序章 準大統領制とは何か

旧社会主義国に広がる準大統領制

30年前(1989-91年)、ソ連・東欧の社会主義体制体制は崩壊した。議会制=ソヴェト制の外観の下、一党制またはヘゲモニー政党制*を採用していたこれらの国々は、複数政党制を前提とする新しい政治体制を選択することを強いられた。

*)今日の中国のように、単一の支配政党と複数の衛星政党で形成される政党制

かつてのソ連・東欧地域には、こんにち28の承認国家、3つの半承認国家(コソヴォ、アブハジア、南オセチア)、4つの非承認国家(沿ドニエストル、ナゴルノ・カラバフ、ドネツクとルガンスクの人民共和国)が存在する。このうち、2020年10月現在、エストニア、ラトヴィア、ハンガリー、アルメニア、アルバニアの計5ヵ国が議会制を採用し、トルクメニスタン、ナゴルノ・カラバフ、ドネツク人民共和国の計3ヵ国が大統領制を採用しているのを除き、27の旧社会主義国は準大統領制と呼ばれる体制を採用している

この準大統領制とは、すぐあとに詳しく述べるが、国民が選挙で選ぶ大統領と、首相が併存する体制である。そして、旧社会主義諸国の中で、準大統領制を選んだ国が圧倒的に多いのである。しかも右に掲げた準大統領制をとっていない国の中でも、アルメニアとナゴルノ・カラバフは、一時期は準大統領制であった。本書は、準大統領制というコンセプトを通じて旧社会主義諸国の現代史を考察する。

とはいっても、35ヵ国の政治体制について満遍なく論じることは可能でも生産的でもないので、本書は現に準大統領制であるか、かつて準大統領制であった国のうちポーランド、リトアニア、アルメニア、ウクライナ、モルドヴァを事例として選ぶ。

選択の理由は、アルメニア語を除いてこれらの国の国語を私がそこそこ知っているということも大きいが、それだけではない。これら5ヵ国は、EU、NATOに加盟して久しいポーランドとリトアニア、安全保障上の理由からロシアの同盟者であり続けているアルメニア、ロシアと西側諸国の争奪戦の対象となったウクライナとモルドヴァという形で多様な地政学的条件を代表している。このことは、地政学と準大統領制の関係を論じる各章の後半で特に重要となる。

準大統領制という概念を最初に提案したのは、フランスの著名な政治学者モーリス・デュヴェルジェであった。彼は、シャルル・ド・ゴールが打ち立てたフランス第五共和制の観察に基づき、従来、政治体制を分類していた大統領制、議会制という2範疇に加えて、準大統領制という第3の範疇を提唱した

デュヴェルジュの主張は、長い間、政治学において多数説の地位を獲得できなかったが、1990年代に再注目されることになった。なぜなら、1990年前後の民主化の波に乗って一党制またはヘゲモニー政党制を放棄した国々、すなわち旧社会主義国、アフリカの旧仏、旧ポルトガル植民地諸国、台湾などのうちの多くが準大統領制を採用したからである。

こうして、準大統領制は、政治学において人気のあるテーマとなった。なかでもロバート・エルジーとソフィア・モエストルプのグループは、世界各地の準大統領制を紹介する5冊の論文集を1999年から2014年にかけて立て続けに出版した。

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