見出し画像

結精師・2

※前回はこちら

「別つ」
「はい」
長い睫毛に縁取られた目が一瞬伏せられて、すぐにすっとこちらを見る。
「結精師について、一度もそのような説明を受けたことはないが」
「そうかもしれません」
それを生業とする私ですら、師匠に弟子入りするまでそんなこと考えたこともなかった。ローズ卿に限らず、我々結精師の仕事といえば、"愛する者を永遠の存在にする"と語られるからだ。
そして、その詳しい役割について、目の前のローズ卿、いや、ジェイムズ青年が知らないわけがなかった。結精の儀を受けられるのは、国を動かしたり守ったりする役割の者に限られる。ローズ家は多くの優秀な騎士を輩出する家だから、教養として、それにより得られる力のことを叩き込まれるだろう。
(それに)
できるだけ自然に、ローズ卿の顔からほんの少しだけ視線を下げる。溶けそうなほど暑いのに、きちんと一番上まで留めた緋鷹騎士団団服の立襟。そこに輝く、ひとつぶの青い宝石を抱いた襟章、これが他ならぬ、結精師の仕事によるものなのだから。
「私共の仕事により、最終的には、魂は貴石になり、永遠を得ることになります。実際、かつて一番最初に結精の儀を受けたとされるエメル王妃の結晶は、500年経っても傷ひとつありません。激しい戦火に何度見舞われても、です」
よく知っている、というように、ローズ卿がひとつ頷く。エメル王妃は、その身をもって民を守った英雄だ。国を守る仕事に就く者は、必ずエメル王妃の結晶の前で誓いを立てる。
「だから、結精の儀を受けることは、永遠に愛する人の側で、加護を与えるものだと言われます。でも私の師匠は、工房長のグラハムは、私にその技術を教える前にこう言いました。結精の儀を受けて加護精になることは、それがいくら心からの望みであっても、人としての生を手放すことに変わりないのだと」

結精の儀とは、愛する人の力になりたいと願う魂を人の身から解放し、肉体の制限を受けることなく、その魂が持つ力を使えるようにすること。
持てる力を使い果たした魂は、宝石のような結晶ー結精石になる。この結晶は、どれほど硬い武具でも傷付かず、どれほどの炎で焼かれても曇らず、溶けることもない。それが、「結精の儀を受けた者は永遠になる」といわれる所以だ。
結精師は、儀式の執行、魂の結晶化、結晶を使った装飾品の作成を行う者を指す。
「私にそのような話をするということは、貴女も、貴女の師匠殿の考えに同意しているということでよろしいか?」
ああ、まただ。思考の海の深い深いところまで見通すような、口先だけの言葉を許さない目。
「……正直に申し上げれば、師の言うことがわかるようになったのは、ここ最近のことです。私があの工房に入ったのは、師匠の志に憧れたわけでもなんでもありません」
「ならば貴女は何故、グラハムに師事することになったのか、伺っても構わないか?」
純粋な疑問の色が濃い声音に、一つ深く息を吸って吐く、それだけのつもりが思わず、苦笑いが混じる。
「どうと言うことのない話です。私の家が、細工職人に道具を卸す店を開いていて、アパタイト工房はその取引先でした。うちは5人兄妹で、店は兄が継ぐことになっていましたし、両親からすると、私の性分では他所の商家へ嫁ぐのも心配があったようで」
職人が向いているかと言われれば、まあそれも怪しいところはあるが、幸にして指先は兄妹で一番器用だ。
「……市井の者には、大なり小なり結精に対して憧れがあります。それこそ、愛する者と共に戦地を切り拓くとか、体がなくなっても側にいるとか、そういう話、なんのかんの大好きなので。だから私も工房に入りました、幸いにも素質がありましたし。でも」
「もう触れられないのは、同じだ」
きつく巻いた包帯からじわりと血が滲むように、ローズ卿がつぶやく。涼やかな顔立ちからはあまり想像のつかない、骨張った指が襟章をなぞる。
「はい」
結精石は、内側に僅かに光を抱いていて、触れればほんのりと、でも明確にあたたかい。結晶になるその瞬間を見届けていなくとも、元は魂だと言われれば十分納得できる。
けれど、石は石だ。もしその中で魂が語りかけているとしても、生きる人はその声を拾えない。
「グラハム殿は、いつから工房を?」
「独立して20年ほどになると思います」
子供の頃、工房を構えるのにあれやこれやと道具を買いに来たのを覚えている。荷物が鞄に入り切らなくて、うちの一番小さな荷車を貸したのだ。空になった荷車の回収役として、長兄と一緒に工房までついて行った。その日もこんな風に、よく晴れた暑い日だった。ひげもじゃでずんぐりしていて、正直私はグラハムがちょっと怖かったのだが、帰りがけにお駄賃だと氷菓子を買ってもらい、まんまと認識を改めたのだった。我ながらチョロいもんである。
「20年か」
遠く、窓の外に視線をやりながら、ローズ卿がぽつりとこぼす。成人したばかりの彼は、まだ生まれていない頃だ。
「それなら、……いや、忘れてくれ。たらればの話をしても仕方がない」
「かしこまりました」
何を言わんとしているか想像するのは、難しいことではなかった。ジェイムズの瞳と同じ色をした、襟章の結精石。あれは、彼の母上のものだ。
「スバル殿」
「はい」
「もう一度、はっきりとした答えを聴きたい。貴女が結精の儀について、グラハム殿の考えに同意しているか」
そう真っ直ぐに問われて、明確な答えを返していないことに気がついた。ああ、またやらかしてしまった。話がふわふわと脱線するよくない癖だ。少し緩んだ背筋を伸ばして、真正面から見据える視線に応えた。
「はい。私は、師グラハムと気持ちを同じくしております」
青い瞳が一瞬、朝露の雫を受け入れたように、揺らいだような気がした。ゆっくり瞼を閉じ、再び開いた時には、ゆらぎはもうすっかり消えて、代わりに強い意思の灯が灯っていた。
「承知した。では私は、アパタイト工房と契約しよう」

***

もうちょっと続けられそうな気もしつつ、一旦ここで区切ります。
色々展開していけたらいいなぁ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?